14:マテリアとあたし


  

「ジェシー!バレット!」

何とかセブンスヘブンの前まで辿り着いたあたしたちだけど、その状況に思わず息を飲んだ。
…ここも、だ。
さっき襲われたのと同じ幽霊の大群が店を襲っている。
入り口のところでマリンのお父さんと、初めて見るポニーテールの女性が銃で戦っているのが見えた。

「遅いぞ!」
「ひっきりなしに来る!もう限界!!」
「今いく」

そう言ったクラウドがあたしの腕を離し、剣を構える。
その瞬間、ものすごい幽霊の大群が一気にあたしたちに押し寄せて、クラウドから引き離されてしまう。
ティファとあたし、別々の方向に流され、まるでそれが狙いだったかのように3人バラバラにされた。

「名前!!」

とっさにクラウドが手を伸ばしてくれたけど…届かない。
…あぁ、そういえば名前、初めて呼ばれたかも…
なんて、何処かぼんやりした頭で考えていたその時、何かがあたしの方に飛んできて…慌てて受け止めたそれは、ちょうど手に収まるサイズの緑色をした綺麗な玉…だった。
光を浴びてキラキラと輝くそれと、投げてよこしたであろうクラウドを交互に見てしまう。
その時、ふいに昨日「マテリアが使えるか試してみたい」とクラウドが話していたのが思い出された。
使えれば護身くらいにはなる、と言っていたことも…もしかして、これが“マテリア”なのだろうか。

「使ってみろ」
「えっ…」

まさか、使い方も効果もわからないままのぶっつけ本番で…!!
とは思ったものの、当の本人は「すぐ行く」という頼もしい一言を吐き捨てたかと思えば、すでに幽霊に向かって切り掛かっている。
あれこれ聞けるような状況ではない。

「そんなこと、言われても…」

どうすればいいのかもわからないまま、緑色に輝く不思議な玉を握りしめる。
邪魔になりたくない…せめて、自分の身を守るくらいは…
あたし自身の周りをグルグルと渦巻き続ける幽霊たちの動きが早く、視界さえうまく定まらない。
クラウドがこの場であたしに渡してきた玉なのだから、何か意味があるはず…そう思い、その玉をキュッと両手で包み込んだ時だった。
色味は美しい緑のまま…だけど、突然激しい熱を帯び始めたようにどんどん玉が熱くなる。

「っ…あ、つっ…!」

持っていられないほどに熱くなった玉を思わず落とすと、地面に接触すると同時に立ち昇った巨大な火柱に唖然とした。
とんでもなく驚いたけど、この現象が功を奏したのか…あたしを取り巻いていた幽霊たちはみるみるその姿を消して行った。
ホッとするのもつかの間、広場に響き渡った女性の悲鳴に背筋が凍る。
ティファの声じゃない…となると、店の入り口で銃を構え応戦していたあの女性だろう。

「クラウド…ティファ…!」

見ると、あたしの周りだけじゃなく、広場全体からも幽霊の姿が消えていって…とりあえずの危機は脱したらしいことがわかり、思わずその場に座り込んでしまいそうになる。
そんな全身を叱咤して、クラウドやティファに続き慌てて店の方へと駆け寄る…あの悲鳴が気になっていたけど、思った通りポニーテールの女性が店の入り口へと続く階段下で足を押さえたまま、顔を顰めていた。

「ドジっちゃった…」
「無理しないで」

心配そうに女性の前にしゃがみこむティファ。
後ろからは野次馬を追い払おうとしているのか、マリンのお父さんバレットさんの怒号が聞こえてくる。
呆然と立ち尽くしていると、後ろから近付いてきたクラウドに追い越す瞬間ポン、と軽く肩を叩かれた。
振り返りもしない後ろ姿だけど、何だか「よくやった」とでも言われた気がして…今はひんやりとしたただの玉に戻っているそれをそっと握り締めた。

「大丈夫か?」
「平気って言いたいところだけど…」

クラウドは無言のまま女性を抱き上げると店の中に入っていく。
そんなことが平然とできる彼に少し驚きつつ、不覚にも…かっこいいと思ってしまった。




怪我をした女性は、ジェシーというらしい。
その後、慌てた様子で合流したウェッジを加えて、目の前ではバレット、ティファの4人で何やら話をしているようだけど、完全に部外者となっているあたしには何の話をしているのかさっぱりわからない。
ふと隣を見ると、クラウドも蚊帳の外のようで、カウンターに背を向けるようにして腕組みをしている。

「…クラウド、これ」

ありがとう、と言いながら、ずっと握り締めていた緑色の玉を返す。
クラウドは黙ったまま受け取ると、その玉を手の中で転がすようにしながら何かを考えていて…その表情が何処か訝しげに見えて、あたしは首を傾げるばかり。
そんなあたしの目の前に、返したはずの玉が再び差し出された。

「…持っていろ」
「いいの?大切なものなんじゃ…」
「ほのおのマテリアなんて、珍しいものでも何でもない」
「そう、なの?」
「……………」

何故か、クラウドの視線が離れなくて…少し居心地が悪い。
「なに?」と聞いても「…いや」としか返ってこない。
何か思うところがあるのに、珍しく言い淀んでいるような…
あたしも何も言えないでいるうちにクラウドはバレットさんに声をかけられたようで、話の輪に加わってしまった。
聞くタイミングを完全に逸してしまったあたしは、ただぼんやりと手の中の緑に視線を落とす。
この時、あたしは知らなかった。
クラウドに渡されたこの“マテリア”は初期のもので、あんな大きな火柱が出せるような代物ではなかった…ということ。
彼に向けられた意味深な視線の意味を知るのは、もう少し後の話。

  

ラピスラズリ