17:散りばめられた点と点


  

再び、あたしの世界に帰って来てしまった。
元の世界に戻って来られたのだから、もっと喜んでもいいはずなのに、何故かそうは思えない自分に釈然としない。クラウドも一緒に来てしまったから…だろうか。

「……………」

それも、何だか違う気がする。
目の前のテレビ画面を見ているはずなのに、内容なんてほとんど頭に入って来ない。
静かすぎる空間が嫌で電源ボタンを押しただけのテレビだから、内容は別にいいのだけど…
色とりどりの画面にぼんやりと視線を向けながら、ソファの上で膝を抱え込む。
考え込んだって仕方がないことはわかっているのに、どうしてこう、色々考えてしまうのか…

「そう言えば…お店、大丈夫かな…」

ウェッジを呼びに行って、声をかけて…そのままこっちに戻って来てしまった。
ウェッジもジェシーも、突然消えたあたしのことを怪しんでいるだろうか…心配しているだろうか…
はぁ、と小さくため息をついた時、リビングの扉が閉まる音がして、あたしが顔を上げるとちょうど蒼色の瞳と視線がぶつかる。その姿に、あたしはふと首を傾げた。

「あれ?新しい服、着なかったの?」

ツンツンしている髪型がいつもより少しだけ元気がない。
シャワーを浴びても尚、何となくツンツンをキープしているって、一体どんな髪をしているんだ…とは思ったが、口に出すのはやめておいた。
入浴後なのは間違い無いだろうに、クラウドは肩当てこそ外しているものの、結局いつもと同じニットにズボンを履いていて、不思議に思った。この前買い物に行った時にちゃんとクラウドの部屋着も買って、さっき渡しておいたのに。
首を傾げるあたしに、クラウドは小さく息を吐きながら視線を逸らした。

「こっちの方が落ち着くんだ」
「そういうもん?」
「あの服は、外に出る時に着ればいいんだろ?」
「うん、そうだね。その服、こっちの世界では目立つから」

わかってる、と呟いてクラウドが歩み寄ってくる。
今までソファの真ん中に陣取っていたあたしだけど、ススッと端の方へ避けるとクラウドが反対側の端に腰掛けた。
その彼からあたしが普段使っている石鹸の香りがするのは、何だかすごく不思議な気分…
その時、テレビ画面がCMに切り替わったことで、ふとあることを思い出した。

「クラウドの言ってたこと、本当だったね」
「…ん?」
「街の中も、新聞も、テレビも、ラジオも、何もかも“神羅”で溢れていたなぁ、って。ほら、こっちに来た時に神羅を見かけないのはおかしいって言ってたでしょ?」
「ああ、そうだな…ミッドガルを牛耳って、実質やりたい放題だ」
「うん、“神羅”っていうのはまだよくわかってないけど、そんな感じはした」

ニュースも自社の都合の良いように作り変える、というクラウドの話からすると、相当な力を持った会社であることは間違い無いだろう。

「あのね、あたし、向こうで“神羅”のマークを初めて見た…はずなんだけど、何だかおかしいの」
「何がだ?」
「なんていうか…あのマーク、見覚えあったんだ…すごく」
「…なに?」

初めて見たはずなのに…と繰り返すと、クラウドは眉を寄せてじっとあたしに視線を向けてきた。
あまりにも不思議な感覚で、自分でもうまく言葉に出来るか分からないが、クラウドには言わないと…と、ずっと思っていたことだ。こっちの世界で見かけたことがあるにしろ、記憶の奥底に眠っていたものが浮かび上がってきているにしろ、どちらにしても何かのヒントにはなりそうだ。ただ…

「でもね、あのマークを見た時、ものすごく嫌な感じがしたの…それ以上、見たく無いって思うくらいに」
「……………」
「変だよね…あのマークを見るのも初めてだし、何のシンボルかもわかっていなかったはずなのに…どうして、こんな風に嫌悪感を抱くのか自分でも分からなくて…」
「……………」

何かを考えているのか、クラウドの視線があたしから離れない。
この透き通るような蒼色が綺麗すぎて、ずっと見つめられていると居心地が悪くなってしまうくらい…
耐え切れなくなったあたしが視線を落とすと、クラウドが口を開いた。

「俺たちの世界では、神羅を毛嫌いしているヤツは少なくない。バレットだってそうだ」
「うん」
「ただ、あっちの世界とは関係のない名前が、っていうのは、少し引っかかるな」
「そう、だよね…やっぱり」

散りばめられた点と点が全く繋がらない。ザワザワと落ち着かない気持ちに支配されてしまいそうだ、と思った。
それを振り払うように、フルフルと頭を振るとクラウドに笑いかける。

「何かのヒントになるといいね」

こんな時だからこそ、良い方向に考えよう。悪いことばかり考えていると、ズルズルとそっちに引き摺られてしまう。
両手をキュッと握りしめるあたしの言葉にクラウドは「そうだな」と一言だけ返してくれた。
たった一言だったけど、その声音がすごく穏やかなものだった気がして、少し気持ちが楽になる。
有りえない状況に身を置いている今の現状も、幸い一人ではない。クラウドの存在は、あたしにとってすごく大きく、心強いものになっている。

「そういえば…」

ふと、クラウドが何かを思い出したかのようにポケットに手を入れて…「渡しておく」と差し出されたそこには銀色に光る輪のようなものがあった。バングル…だろうか。
キョトンとしながらもそれを受け取ると、ひんやりとした感触が掌に伝わると共に、その輪にはいくつかポッカリと穴が空いていることに気がつく。

「その穴にマテリアをセットするんだ。持ってるだろ?」

小さく頷いて、ポケットから緑色の玉を出して見せるとクラウドはあたしに渡したバングルの穴を指し示した。

「本来、マテリアは武器や防具にセットして使うものなんだ」
「そうなの?」
「普通はな」
「あの幽霊みたいなやつに取り囲まれた時、「使ってみろ」って投げてよこしたから、てっきりこのまま使うものだと…」
「あっちではマテリアは珍しくも何ともない。大抵そういう装備の1つや2つ付けているものなんだ」
「そうなんだ…」

…つまり、あの非常事態にあたしの特異な状況をすっかり忘れていた、ということか…
クラウドでもそんなことするんだな、と少し意外に思いながら、渡されたバングルをそっと左腕に通してみた。
カチャ、という音と共に、持っていたマテリアも綺麗に穴に収まって…

「なんか、可愛い」
「初心者用のバングルだ。こっちでマテリアは使えないけどな…」
「うん」
「どちらにしても、名前には訓練が必要だ。初期のほのおのマテリアに、あんな大きな火柱は出せないはずなんだが…」

クラウドの言葉に耳を傾けながら、あたしの目は未だ腕にはめられたバングルに釘付けになっている。
そしてふと、あることに気がついた。自惚れかもしれないけど…聞いてみたい気持ちが押し寄せてくる。

「ねぇ…」
「何だ?」
「これ、あたしにくれる為に、わざわざ??」

クラウドはさっき、このバングルを“初心者用”と言った。それなら彼には必要のないもののはず。
ふと湧き上がった疑問をぶつけてみると、意外にもクラウドは一瞬言葉を詰まらせたようだった。
かと思えば、次の瞬間には顔を背けてしまう。

「…だったら何だ」
「………え?」

一瞬、聞き間違いかと思った。

「伍番魔晄炉に向かう途中の自販機で、たまたま買ったんだ」
「え…」
「…いらないなら返せ」
「いや…いるいる!!」

そっぽを向いてしまった彼の後頭部に向けて、あたしは叫ぶようにそう返答していた。
そうとわかると、嬉しくてついつい表情が緩んでしまう。

「ありがとう」

とバングルに手を当てながら返すと、クラウドからは「ああ」とどこか素っ気ない返事だけが返ってきた。
こっちを向いてほしい。ちゃんとお礼が言いたい。そう伝えても「もう十分だ」と言われただけだった。

  

ラピスラズリ