
「おい、鍵」
「…ん、」
俺の言葉に反応した名前がバッグの中から小振りな鍵を取り出した。
それを受け取って、ガチャッという金属音に続いて扉を開けば向こうにはもうすっかり見慣れてしまった名前の部屋が広がる。思わずため息が漏れた。
「頼むから、ちゃんと歩いてくれ」
「歩いてるよ?」
「…どこがだ」
ふふっと笑う名前に早くも2度目のため息…
軽く食事を摂った後、目的地を告げただけでそこまで連れて行ってくれるという便利な車に乗って帰って来たまでは良かった。だが、その車の中で名前は爆睡。到着しても一向に起きない名前を、半ば担ぐようにして車を降りた。
渡された時は不要だ、と一度は返そうとしたが、やはり少額とはいえ、こっちの世界の通貨を持っていて正解だったな、と今更ながら名前の判断が正しかったことを痛感した。そんなことを思っていると、ようやく名前の瞳が薄く開かれ、自分で歩こうとしているようだが、足に全く力が入っていない。
俺がこの腕を離したら、すぐにその場に蹲ってしまいそうだ。今日は帰りも遅かったし、それだけ疲労が溜まっていたのか…と、最初は思ったがすぐに、これは違うな…と考えを改める。
「名前」
「ん〜…?」
これは酔ってる、完全に。
「アンタ、酒弱いのか?」
「うん、まぁ…」
「…じゃあ、何で飲んだんだ…」
足に力が入らず、ようやく歩いているような状態だが返答はきちんと返ってくる。それだけまだマシ、ということか。玄関で座り込んだ名前が靴を脱いだのを確認して、また腕を引き、立たせてやりながら思わず呆れたように呟くと、名前はそんな俺の顔を見上げて笑顔を見せた。
「だって、クラウドすっごく強いお酒飲むんだもん。1杯くらい、付き合わないと悪いかなぁって」
「そんな気は使わなくていい」
「えへへ」
「…はぁ…」
とりあえず、リビングのソファに名前を座らせると「ありがとう」と言葉が返って来た。
普段にも増してニコニコしている彼女に、笑い上戸なのか?と呆れながらも、世話になってる自覚はあるんだな、と変なところで感心する。そのままキッチンに入ると、冷蔵庫から水を取り出しグラスに注いだ。
水を注いだことでキラキラと光が反射して見えるようになったグラスを、名前の前に位置するテーブルの上に置いた。
「着替えてくる」
「は〜い」
ヒラヒラと手を振りながら、どこか間の抜けた返事。
はぁ、とまた小さく息を吐いたまま、脱衣所へと向かうと、洗濯機の上に畳んでおいたソルジャーの服へと手を伸ばす。今回は名前が買ってくれたこっちの服を着ていたおかげか、以前のように見ず知らずのヤツから声をかけられることはなかったが…着慣れないせいか、どうも落ち着かない…というのが正直なところだ。
ソルジャー服に袖を通し、足早にリビングへと戻った俺だったが、思いも寄らない光景に頭を抱えることになる。
「…おい」
名前がソファの上で、コテンと横になり…眠っていたからだ。テーブルの上に置いたままのグラスにも手をつけた形跡はない。たった数分離れただけだぞ…と呆れながらも、このままにはしておけない。
「名前、風邪引くぞ」
声をかけるが、今度は全く反応が返ってこなかった。たった数分でよくこんなに深く眠れるな…と思いながらわずかに肩を揺すってみるが、それでも起きない名前に、再び頭を抱えた。だいたい、名前が飲んでいたのはごく少量のアルコールしか含まれていない甘いカクテルだったはず…しかも、たった1杯。いや、正確にはそれすらグラスの中にまだ残っていたような気がする。それでここまで酔いが回るとは…自分の周りには、今までいなかったタイプだ。
全く起きない名前の顔を覗き込むように、ソファの横に片膝を付いた。
「…アンタ、ティファの店の酒は飲めないな」
セブンスヘブンは、客層もあってかアルコール度数が高めの酒が多い。
静かな寝息が聞こえてくる名前を起こすことはもう諦めた。どうしようか、と考える。彼女の部屋まで運んでもいいが、普段は閉ざされている寝室に無断で入るというのも、何だか気がひける。
起きないのであれば、このままソファで眠らせておくのが最前な気がしてきた。俺は床に座ったまま眠ればいい。ソルジャー時代の任務を思えば、珍しいことでも何でもない。
そうと決まれば、何か掛けるものでも探してきてやるか…確か、どこかにしまってあるのを見たことがある。
「……………」
やることは決まったが…体が全く動こうとしないことに、ようやく気がついた。
あれこれ考えている間にも、視線は名前の顔から離れず…動きもしない彼女のことをずっと見ている自分がいる。何をしているんだ、俺は…と思う反面、そういえば、こんな風に名前の顔をちゃんと見るのは、初めてかもしれない…などという不思議な感情まで湧いてくる。
思えば、今日はずっとおかしいこと続きだ。名前を迎えに行こうと思い立ったのも、今になれば信じられないくらいだ、と思う。
何故、そんなことをしたのか…あの時出掛けなければ、あんな場面も見ずに済んだものを…
「……………」
そう思ったところで、ハッとした。名前が誰と話をしていようが、飯に行こうが、俺には関係のないことだ。
それなのに、あの男に声をかけられている名前を見たとき、無性に腹が立って…気付けば、あの男と名前の元へと体が勝手に動いていた…そんな感覚だった。
自分自身の行動が理解できない。今も、そうだ。
「……っ……」
ぼんやり考えているうちに、ゆっくりと持ち上げた指が名前の頬をそっと撫でていて…
その滑らかな感触にハッと我に返った。俺は…何をやっているんだ…
何故慌てているのかもわからないまま、名前の前から立ち上がるとスタスタと壁側まで行き、その場に腰を下ろす。無理矢理瞳を閉じたが、眠れるわけもなく…やけにうるさく主張している鼓動に1人舌打ちした。
