21:優しい貴方


  

「…どうも、スミマセンでした」

迷惑をかけた自覚はあるから、まずは素直に謝った。そんなあたしの頭上からは静かなため息が降ってくる。
何となく家に帰ってきたことは覚えている。それと同時に、帰宅途中で何度も掛けられていた声も覚えている。今にも落ちてしまいそうな意識がその声によって幾度となく浮上させられていたから。
普段の彼とはどこか違う、呆れながらも優しい声音だった…気がするんだけど、目の前で盛大にため息を付いているクラウドにそれを言う勇気は到底なかった。
しかも、あたしが目覚めたのは普段クラウドがベッドとして使っているリビングのソファの上。
よく覚えてはいないけど、何とか帰宅したあたしがこのソファで力尽きてしまったことは間違い無いだろう。つまり、クラウドの寝床を奪ってしまったことになる訳で…申し訳なさに拍車がかかる。

「ホントに、迷惑掛けました…」

肩を落としながらそう口にするあたしだけど、上から降ってきた言葉はどこか意外なものだった。

「…別に、迷惑を掛けられたとは思ってない」
「…え?」

…そう、なの?
パチパチと瞬きをしながら顔を上げると、じっと見下ろしてくるその蒼がわずかに細められたように見えた。

「ただ、名前はもう酒は飲まない方がいい。弱すぎる」
「そう、だね…普段は、職場の飲み会でも飲まないようにしてるんだけど…」

ポツリと呟くあたしに、クラウドが明らかに眉を寄せたのがわかった。
だったら何で昨日は飲んだんだ、としっかり顔に書いてあるような表情に、あたしは苦笑いをするしかなかった。
言えない…昨日は、クラウドが迎えに来てくれて、つい嬉しくなってしまった…なんて。
代わりに、もう一度謝罪を口にすると、彼は静かに息を吐いて、瞳を伏せる。

「そうしてくれ」
「はい、そうします」
「…アンタ、あんなんじゃ良からぬ男に引っかかるぞ」
「……………」
「…何だ?」
「…クラウド、もしかして心配してくれてる、の?」

今までずっと、昨日迷惑かけてしまったことをお説教されているんだと思っていた。でも、彼は「迷惑を掛けられたとは思っていない」と否定した。じゃあ、どうして…と内心不思議に思っていたけど、ほんの少しだけ、自惚れてみてもいいのだろうか…あたしの言葉を受けて、クラウドは顔を背けてしまったけど。

「…危なっかしくて、見ていられないだけだ…」
「それでも、ありがとう。これから気をつけるね」
「ああ」

その短い返答に安堵しながら、掛けられていたブランケットを畳んでソファの端へと移動すると、クラウドも反対側の端へと腰を下ろした。整った横顔を見ながら、ふと思う。表情があまり変わらないから何を考えているのかわからない時もあるし、口数だって少なくて機嫌が悪いのかなって不安に思うことだってなかった訳じゃない。
とにかく、無愛想でよくわからない人。それが彼に持った第一印象だった。
だけど、今はそれが間違いだったとわかる。あたしの視線に気が付いたのか、クラウドが瞳を向けて来た。

「今度は何だ?」
「ううん…クラウドって、優しいよなぁって思って」
「何だ、急に」
「だって、昨日のあたしのことも見捨てないで、ちゃんと連れて帰って来てくれたし…帰り遅くなったら、迎えに来てくれたし」
「………別に」

すごく間を置いての一言。今のあたしなら何となくわかる…表情は変わらないクラウドだけど、多分、あたしの突然の一言に驚いていたんだと思う。「優しいよ」ともう一度告げると、その蒼は逸らされてしまったけど…言葉1つにしても、こっちに現れた時と比べると最近は随分喋ってくれるようになった気がしている。もしかしたら、クラウドはすごく人見知りなのかもしれない…少しはこの世界やあたしに慣れてくれたのかな。
そうだったら、すごく嬉しいな、と素直に思う。そんな風に胸の中が暖かくなるのを感じながら、あたしはソファから立ち上がった。本当に久し振りにお酒を飲んだからか、ほんの少し頭がぼんやりしている気もするし、顔を洗ってスッキリしたかったのだ。
立ち上がったところで、クラウドが声をかけてくる。

「今日から休みなんだろ。どうするんだ?」
「ん〜…何から始めればいいのかよくわからないけど、とりあえずクラウドが帰る方法を見付けないと…ね」
「また名前まで一緒に向こうに行ったんじゃ、意味がないからな」
「本当そうだよね」

思わず肩を竦ませながら苦笑い。

「あ、それはそうと、マテリアのことも色々教えて欲しいな」
「……?」
「もう使わないに越したことはないけど、もしまた向こうに行ってしまうようなことがあったら…あたしには、これしか戦える見込みがないから。せめて自分の身を守るくらいには、しておかなくちゃ」

そう意気込むとクラウドは一瞬驚いた顔を見せた後で、わずかに表情を綻ばせた。
もしかしたら…ほんの少しだけど、笑った…のかもしれない。一瞬すぎてよくわからなかった、もったいない。

「前にも言ったが、こっちの世界にいる間はマテリアが発動しない。実践は万が一、また名前まで向こうに行ってしまったら…だな」
「そ、か…」
「知識的なところは、教えてやる」
「うん!」

クラウドの世界はあっち。あたしの世界はこっち。
何がどうなったのかは全くわからないけど、おそらく混じり合うはずではなかった2つの世界。誰に言われるでもなく、何と無くそう感じる。あたしは、もう2度とクラウドの世界には行けない…それが一番いいんだ。
そう頭ではわかっているけど、ふと浮かんでくるのはティファやマリンの笑顔。それに、クラウドと離れる、という現実。胸の奥がまたキュッと締め付けられる感覚には気付かないふり。
あたしはただ、クラウドのマテリア講座にワクワクと心踊らせるように笑って見せた。

  

ラピスラズリ