25:スラムの教会にて再会


  

…遠くから、声が聞こえる気がした。

「もしも〜し」

その声が少しずつ近付いてくる…呼ばれている…
わずかに耳に届いた自分の呻き声と共に、ゆっくりと開いた瞳にまず飛び込んで来たのは、天井にぽっかりと開いた不釣り合いな穴だった。天井が随分高い。それだけで、俺自身が見知らぬ場所に身を置いていることを知り、飛び起きた。
一面の黄色が光を受けていて、眩しい。花の香りが鼻腔に届いたところで、すぐ横からまた声をかけられる。

「大丈夫?」

翡翠色の瞳が俺を覗き込んでいて…「良かった。目、覚めた」とどこか安堵したような表情を見せた。
建物の見た目、目の前の女の雰囲気、どこか体に馴染む空気、ここが元いた世界だと俺は直感していた。
やはり、また世界を飛び越えてしまったようだ。そう理解した瞬間、こうなる寸前とっさに腕の中に抱き込んだはずの存在が隣にいないことに気が付いて、辺りを見渡す。

「どうしたの?」
「一緒に、女がいなかったか?」

矢継ぎ早にそう伝えると、目の前の女は少し驚いたように瞳を大きくして見せる。かと思えば、今度はふふっと笑うと、咲き誇る花の中心辺りをゆっくりと指差した。

「彼女、そこにいるよ」
「っ…」

指で示された方向を見れば、確かにいた。…名前だ。
どうやら、花の中に埋もれるようにして倒れていたために、俺からは見えなかったらしい。それは理解できるが、何故俺はこんなにも焦っているんだ…?見たところ、まだ目覚めない名前に大きな怪我はないようで、呼吸もしっかりしている。内心、安堵の息を吐いた。
何とも説明し難い感情が胸の中で大きくなっていくのを感じる。こうして、また彼女までこっちの世界に来てしまった、という落胆にも似た気持ちと、離れずに済んだ、という安堵する気持ち。あまりにも対極にあるその気持ちに、自分でも理解が追いつかない。

「恋人?」
「…そんなんじゃない」
「そうなの?さっきまですっごく大切そうに抱き締めてたから、てっきり」
「……………」

女の言葉に、名前の目がまだ覚めていなくて、本当に良かったと心から思った。
その場にゆっくりと立ち上がる。見ると、広い建物のようだが、不思議とこの一角にだけ花が咲き誇っていて…どこか不思議な光景だった。

「アンタは?」
「エアリス。名前、エアリス」
「クラウドだ」

俺の名前も告げ返した時、エアリスは柔らかく微笑むと不思議なことを言い出した。「また、会えたね」と。悪いが、まるで覚えがなかった。最近、説明できない事象に巻き込まれることが多いせいかもしれない。日常のちょっとしたことが、頭に残らなくなっているのだろうか…そんなことを考えながら「そうだったか?」と返せば「覚えてないの?」と残念そうに言われた。

「ほら、お花」

そう言われて、何かが繋がる。黄色い花…不思議な女…

「ああ、花売りの」

思い返せば、あの時は黒い幽霊のようなものが突然現れて、それどころじゃなくなっていたな…

「ここは?」
「スラムの教会。伍番街。いきなり落ちて来るんだもん、驚いちゃった」

エアリスの言葉を聞いて、少し驚いた。伍番街のスラム…ということは、真上にある伍番街プレートから落ちて来たと考えるのが自然だ。伍番魔晄炉爆破作戦のことも徐々に思い出して来る。脱出の際にエアバスターと戦闘になり、俺がプレートから落ちたことも…
その途中、光に包まれ気がつくと名前の世界に行っていたのは事実だ。だが、こっちに戻って来てみれば、おそらく俺がプレートから落ちたのはこの直前の出来事なのだろう。向こうにいる間のこっちでの時間が、ほとんど進んでいない。考えを巡らせていた俺に、またエアリスの声がかかる。

「お花、クッションになったかな。運いいね、2人共」
「っ…アンタの花か。悪かった」
「気にしないで。お花、結構強いし、ここ特別な場所だから」

そう言って笑って見せるエアリスに内心救われるような気持ちになりながら、ふと横を見ると名前がわずかに身じろぎしているのがわかった。ゆっくりと近付いて、彼女の横に膝を付くと肩を叩く。

「名前」
「…ぅ…ん…?」
「大丈夫か?」
「………クラウ、ド?」

ゆっくりと瞳を開けた名前と目が合う。「…大丈夫、みたい」と頷く彼女の瞳は、ここが何処なのか状況が飲み込めず、不安に揺れているように見えた。
手を貸してやると「ありがとう」と言って、ゆっくり立ち上がる。辺りをクルリと見渡して、名前もすぐに俺と同じことを思ったらしい。俺にだけ聞こえるように、小さな声で囁いて来る。

「…クラウドの、世界?」
「ああ」

それ以上、名前は何も言わなかった。いや、エアリスが目の前にいる以上、話せる内容はかなり絞られて来る。こっちに来る直前の慌てた様子はもう消え去り、いつもの様子に戻っている名前にも疑問は残る。
あの時…出掛けた先で一体何があったんだ?俺に、何を言おうとしていたんだ?
聞きたいが、今できる話でないことは明確だった。

「こんにちは」
「えっ…あ、あぁ、こんにちは」
「わたし、エアリス」
「名前、です」

至近距離でニッコリと微笑まれ、名前は何処か狼狽しているようだった。大きな瞳をさらに大きくして、落ち着きなくエアリスを見たり、俺を見たりしている。その瞳は、再び明るい金色に染まっていた。

  

ラピスラズリ