26:不思議な彼女


  

目が覚めると、そこは知らない場所だった。クラウドの姿が視界に入ったことでまずは安心した。その次の瞬間、明るい緑色の瞳が飛び込んできて、思わず1歩後ろに引きそうになってしまう…彼女は『エアリス』と名乗った。
明るい言動、柔らかな笑顔、あたしもすぐに返事を返したけれど…何かが、引っかかった。
『エアリス』という名前…何処かで、聞いたことがある…ような…
それにあたし、ついさっきまでクラウドに急いで何かを伝えないといけないと焦っていたような気がするのに、それ以上のことははっきりしない。頭の中に靄がかかったかのように記憶を覆い隠してでもいるみたい…確かに焦っていたあたし自身の気持ちも、今は妙に落ち着いていて…何だか気分が悪かった。

「はい、クラウド。これ、落としたよ」
「ああ」

彼女の声に顔を上げれば、クラウドが落としたらしいマテリアを拾い上げてくれているところだった。短い返事とともにクラウドがマテリアを受け取っている。そして、エアリスは何処か不自然に首を捻りながら微笑んで…

「わたしも持ってるんだ」

…と一言。クラウドがわずかに眉を寄せたのがわかった。

「マテリアなんて珍しくもなんともない」
「でも、わたしのは特別。だって、何の役にも立たないの」

マテリアという物の知識が浅いあたしは、そういうマテリアもあるんだ…くらいにしか思わなかった。でも、クラウドにとってはそうではなかったようで、口を開き掛けた様子を見せた…瞬間。
突然、頭を抑えながら苦痛に顔を歪ませているクラウドに言葉を失う。こんな彼を見るのは、初めてだったから。

「クラウド…?」
「………っ……」
「大丈夫…?」
「…ああ」

それは本当に一瞬の出来事だったけど、クラウドの表情を見ている限り、大丈夫には見えなかった。
けれど、まるでこの話はもう終わりだ、と言われてしまったかのようにクラウドは短い返事を返してくれたのみ…すでにエアリスへと向き直っていて、それ以上は何も言えなかった。
再び彼女とマテリアの話をしているクラウドに、これ以上追求してはいけないような気持ちになったのだ。

「ねっ、せっかくの再会だし、少しお話する?」

いいでしょ?と続けるエアリスに、クラウドは思いっきり乗り気でない顔をしていた。きっと早くこの建物から出て、周囲の情報を集めたいのだろう。あたしだってそうだ。突然知らない場所に来てしまって、今はまさに地に足がついていない状態に等しい。何か1つでも情報を…と思うのは当然のことだけど、考えてみれば目の前のエアリスだって有力な情報を持っている可能性が高い。今までの口ぶりから、この場によく出入りしているようだし…
第一、こうして助けてくれたのは紛れもなくエアリスだ。そんな彼女を無下にするのもどうかと思ってしまう。

「…クラウド」

そっと腕を引きながら目を合わせると、彼にはあたしの意図が伝わったようで「仕方ない」とでも言わんばかりに小さくため息を返された。

「…少しだけだ」
「うん」
「ヤッタァ!それじゃあ…」

エアリスの笑顔に誘われるかのように、彼女の元へ歩き出そうとした…まさに、その時だった。
建物正面の扉が大きな音を立てて開かれる。思わず肩を竦めてしまいそうな程、本当に急なタイミングだった。「邪魔するぞ、と」という声と共に足音が響く。驚いて振り返ったあたしの瞳に映ったのは、真っ赤な髪の男性を先頭に、明らかに友好的な態度ではない武器を構えた数人がこちらへ歩み寄ってくる様子だった。
クラウドがエアリスとあたしの前に立ちはだかるのを見た赤毛の男性がわずかに瞳を細める。

「おまえ、何?」
「彼はわたしのボディーガード。ソルジャーなの」
「ソルジャー?」

その単語に赤毛の男性が眉を寄せているのを見ながら、クラウドとあたしは驚きを隠せないままエアリスへと瞳を向けていた。彼女の前でクラウドがソルジャーだとは一言も言っていない…はず。あたしが目覚める前にクラウドが話した…?いや、クラウドがすでに話したのであれば、今驚いた表情を見せている彼の様子は説明できない。唖然としているあたしを尻目に、クラウドはとりあえず赤毛の男性へと向き直った。

「元、ソルジャーだ」
「…あらま、魔晄の目」

わずかに体を乗り出すようにして、赤毛の男性がクラウドの瞳を覗き込んでいる。
たったそれだけのことなのに…何故かゾワリと背筋が冷たくなる感覚に襲われた。只者じゃない…戦闘のことは全くわからないあたしだけど、理由などなくそんなことを思った。

「ボディーガードも仕事のうちでしょ?ね、何でも屋さん」

エアリスのその一言にまたしてもクラウドとあたしは驚きを隠せない。「わたしのカン、当たるの」と続けるエアリスだけど、最早勘が鋭いとか、そういうレベルではないような気がする。次々と的中させる一言に驚くのは仕方のないことだろう。クラウドも一瞬驚いた顔を見せたものの、今それどころではないのも事実で…あたしに一瞬目配せをすると再び目の前の男性たちへと向き直る。

「ああ、いいだろう。でも安くはない」
「じゃあね…デート1回」
「え?」
「え?」

思わず「え?」が重なるクラウドとあたしにエアリスがにっこりと笑顔を向けてくる。なんか…どう返していいのかわからなくて、あはは、と笑顔を向け返すしかないあたしの耳に、クラウドと赤毛の男性の言葉のやり取りが2、3あったのは届いていた。でも次の瞬間、突然剣を振るう音が聞こえてきて…驚いたあたしが視線を戻すと、切りかかったクラウドの剣を赤毛の男性がいとも簡単にヒラリと避けるのが目に入る。やっぱり、この人も普通じゃない…
戦闘体制に入るクラウドがチラリとあたしに視線を向け、無言のまま向こうへ行け、と合図を送ってくる。

「エアリス、離れよう」
「うん」

「お花、踏まないで!」と叫ぶエアリスの手を引いて、教会の隅まで移動する。邪魔になってはいけない。クラウドが強いのはわかっているけど、あの赤毛の人も強い…きっと、ものすごく…
そう思って緊張が走るけれど、その赤毛の男性は戦闘が始まると同時に連れていた兵士たちにばかり戦わせて、自分は柱の上で高みの見物を決め込んでいる。余裕のあるその横顔を思わず睨みつけていた。
一瞬で柱の上まで登るなんて、どういうジャンプ力をしているんだ…とか、自分で戦わないなんてずるい!、とか…言ってやりたいことはたくさんあるのに、1つも言葉に出来ないのが悔しい。そんなあたしの気持ちを悟ってか、繋いだままだった手をエアリスが優しく握り返してくれた。それだけで何故か気持ちが落ち着いていくのを感じる。
振り返ると緑色の瞳がじっとあたしを見ていて…不思議な女性だ、と思った。

「おーい、加勢を頼む」

一度は兵士たちを一掃したらしいクラウドだけど、そのたった一言で、また雪崩れ込むかのように違う武器を構えた兵士たちが彼に襲いかかる。
やっぱり、自分で戦う様子のない赤毛の男性に、思わず一言言ってやりたくなった。その時だった。睨みつけていたのがバレてしまったのか、今までクラウドに向けられていた瞳がふいにあたしへと向けられた。色素の薄い、青に近い色の瞳だった。その瞳が一瞬驚いたように見開かれる様子を、あたしは動けないまま見つめ返していた。

  

ラピスラズリ