28:残り香を巡って


  

熾烈を極める戦いの様子をハラハラと見つめることしかできなかった。やっぱり、あのレノって人はものすごく強かった。戦いに関しては素人のあたしにすら、それははっきりと伝わってくる。だけど…クラウドが、勝った。
その後は、またしても突然現れた黒い幽霊のようなモノに行く手を阻まれて、あたしたちに残された道は屋根を伝って教会を脱出する…それしか残られていなくて。
まるで誘導するかのように立ちはだかる幽霊、追いかけてくるレノたち、途中でエアリスが銃撃されて…幸い怪我はなかったけどレノたちの目の前に落ちてしまったりと、決して簡単な道ではなかった。それでも、クラウドの活躍で何とか教会を出ることに成功する。外に出られた…その瞬間、心の底から安堵した。そして、それは同時に…

「…はぁ………はぁ……」

エアリスが住んでいるという伍番街スラムに向けて、さらに道無き道を進む。瓦礫のようなものがそこら中に散らばっている上に、ここはまだまだ屋根伝い…ここを進むのかと思った瞬間、目眩すら感じたけれど、今までの状況を思えば追いかけてくる人がいない分、何倍も何十倍もマシに思えた。
梯子を登り終えたところで、「ちょっと待って」と声をかけて思わず立ち止まる。先に進みたい気持ちは山々だけど、そろそろ体と呼吸が悲鳴を上げている。「大丈夫、焦らないで行こう」と笑顔を向けてくれるエアリスには、すでに後光が差している錯覚すら見えた。

「世話が焼ける」
「ごめん…こんなところ、歩いたことなくて…」

思いっきりため息をつくクラウドの隣でエアリスまで涼しい顔をしているように見える。

「エアリスは、大丈夫なの…?」
「私?私は慣れてるから。あの教会、よく行くし」
「…そう、なんだ」

人は見かけによらない、とはまさにこのことか。ケロリとしながらエアリスにそう言われて、苦笑いするしかなかった。

「名前って、もしかしてプレートの上から来たの?」
「え?」
「スラム、慣れてない感じがしたから」
「え、と…」

一瞬何を言われたのかわからないでいると、あたしの代わりにクラウドが「いや」と否定してくれた。さすがに違う世界から来ました、とは言えないけれどエアリスも一応納得はしてくれたようだった。“プレートの上”というのはよくわからないけど、あたしが元いた場所がいかに平和なところだったか…今更ながら痛感する。
しばらくこの場で息を整えていると、クラウドが「行くぞ」と声をかけて来る。

「ありがとう。もう、大丈夫」
「またいつタークスが来るかわからない。早めに抜けたい」
「うん」

わかった、と言って彼のあとに続くあたしだけど、その時チラリと合わせられたクラウドの瞳が…何だろう、何かを言いたそうな…

「なに?」
「……いや」
「なにか、言いたそうに見えるんだけど」
「……………」

なにも言わないまま前を歩くクラウドだけど、この無言は肯定だ。「ねぇってば」ともう一度声をかけると、クラウドはまた小さくため息をついて、肩越しにわずかに振り返った。

「前にも言ったが…名前は隙がありすぎる」
「……え?」
「タークスの男に捕まってただろう」
「それはっ…気が付いたらもう目の前に」
「ボサッとしてるからだろ」

ひどっ…とは思ったものの、こっちの世界では本当にクラウドに迷惑をかけっぱなしな自覚はあるので、何も言い返せなかった。ただ黙って不服な意志だけは伝えようと視線を送っていると、前を歩いていた彼が不意に立ち止まり、振り返る。

「あの男の匂いが移ってるぞ」
「えっ」
「自分では気付いてないんだろうがな」

そう言ったクラウドが眉を寄せる。確かに、ついさっきまで死闘を繰り広げていた相手の香りが今この場でもするのだとしたら、クラウドが嫌悪を抱くのも無理はないのかもしれない。彼の言う通り、自分では全く気が付いていなかったけど、そういえばあのレノって人からは淡い香水の香りがした。それ、なのか…?
思えば、あれだけ至近距離に…というか、密着していたのだから香りが移ってしまうこともある…のかもしれない。

「……………」

ふぃ、と顔を背けてしまうクラウドだけど、あたしも思うところがある。確かに、また助けてもらわなければならない状況になってしまったのは申し訳ないとは思うけど、あたしだって別にボケッとしていた訳では断じてない。あの異常な身体能力を持つレノに、一般人のあたしが叶う訳がないのだ、そもそもの話。
なのに、ここまで言われないといけないのか…そんな不機嫌全開の態度を浴びせられないといけないのか…そう考えると、なんだか少しイライラして来た。
…自分だって、前に女性の香水の香りを纏わせて帰って来たくせにっ!!!

「ふふっ」
「……え?」

クラウドに怒りをぶつけようかと思っていたその時、場違いなほど明るいエリスの笑い声が響いた。え、何で?と言わんばかりの視線を同時に向けるクラウドとあたしに、エアリスは笑顔のまま口を開いた。

「クラウド、そういうの、なんて言うか知ってる?」
「………何の話だ」
「そういうの、やきもち、って言うんだよ」
「っ………」

鳩が豆鉄砲を食らったような…そんなクラウドの表情は初めて見た。一瞬視線を泳がせるようにした後、あたしと目が合うとすぐに顔ごと背けてしまって、もう背中しか見えない。再び歩き始めるクラウドから「…そんなんじゃない」と小さな声が聞こえて来た。

「え〜、絶対そうだと思うけど」

さっさと歩い出すクラウドの後ろから尚も食い下がるエアリスはすごい。さらに…

「ね?」

と言いながら、あたしに向かって綺麗な笑顔とウィンクをお見舞いしてくる。何も、言い返せない。エアリスの笑顔には絶対的な“何か”がある。そう確信した瞬間だった。伍番街スラムへの道のりは、まだ続くようだ…

  

ラピスラズリ