29:伍番街スラムを目指して


  

何とか屋根伝いを進み、廃材のようなものが多数積まれた道をかき分けるように進んで…
ようやく伍番街スラムの駅に着いた。この世界で駅を見るのは初めてだけど、あたしの世界の駅とどこか似ている。
そういえば、初めてクラウドがあたしの世界に来た時、駅や列車を見ても全く驚いていなかったことをふと思い出した。駅まで来れば、人の姿もちらほら見られる。
駅全体が、伍番魔晄炉の爆破によって混乱に陥っていた。このスラムに住んでいるエアリスはさすがに顔見知りも多いようで、声をかけてくる人がいる。その1つ1つにきちんと対応しているエアリスは、やはりすごく優しさに溢れた女性なのだろう。

「おい」
「ん?」

駅に佇む人と会話しているエアリスの後ろ姿を眺めていると、クラウドが隣に並んで来た。わずかに首を傾げながら横にいる彼を見上げると、蒼の瞳が見下ろしてくる。

「名前、こっちに来る直前、俺に何かを伝えようとしていただろ」
「…え……」
「もういいのか?」

そう問いかけて来る彼の声は、わずかに抑えられているような気がしたけど、そういうことか…エアリスに聞こえないように話しかけてくれているのだろう。こんなわずかなタイミングで向こうの世界での話をするなんて、クラウドにも相当心配をかけてしまっていた証だ…早く答えないと、と思いつつあたしは頬を指で掻きながら苦笑いを見せた。

「それが…実は、覚えてなくて」
「覚えてない…?あんなに、取り乱していたのにか?」
「それは、うん、記憶にあるんだけど…クラウドに何を伝えようとして焦っていたのか、そこは自分でも全然覚えてなくて」
「……………」
「ほら、こんなに綺麗さっぱり忘れちゃうくらいだから、案外大したことじゃなかったのかも…」

そう言いながら、自分でそう思い込みたいのかもしれない…とぼんやり思った。あたしの言葉にクラウドは到底納得ができない様子で「そうは見えなかった」と返して来たけど、何も覚えていないあたしには、それ以上どうすることもできない。

「…何か思い出したらすぐに話すから…その時は、聞いて?」
「わかった…」

小さく頷いたクラウドに「ありがとう」と言って、この話は終わり。エアリスの元へと歩み寄っていく彼の背中をぼんやりと見つめる。まるで、胸の中にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚だ。
心配させまいと思ってクラウドにはああ言ったけど、忘れてしまっていいような内容ではなかった…そんな気がしてならない。また世界を飛び越えてしまった反動で忘れてしまったのか、こっちの世界には持ってこられない記憶なのか…あるいは…
そのどれだったとしても気分が悪いことには変わりないのだけど。
あれこれ考えながらクラウドとエアリスの後について歩く。その時、前を歩いていたクラウドが不意に腕を横に出して来て、慌ててその場に立ち止まる。少し離れた開けた場所にヘリが低空飛行をしていて、教会になだれ込んで来た兵士たちと同じ格好をした数人が降下しているのが見える…思わず、息を飲んだ。
ヘリに描かれた赤いマーク…“神羅”と書かれている。以前初めて見たはずなのに、理由もわからないまま嫌悪感を抱いたマークだ。その感情はどうやら今も変わらないようで、そのヘリから目を背けたくなった。
兵士たちに続いて、ヘリから直接飛び降りて来たスーツの男性も見える。その姿は嫌でも赤毛の彼を思い出させた。

「タークスだ」
「働き者だね」
「よほど大事な用らしい」
「私?クラウド?それとも、名前?」

え?あたしまで?まさか、そんなはずは…
思わず絶句しているとクラウドがふぅ、と小さく息を吐いた。

「どっちにしても、見つかると面倒だ」
「じゃあ、裏道行こうか」
「えっ」

そう言いながら、脇へと走り出すエアリスに希望が高まる。裏道なんてそんなものがあったなんて…さすがはエアリス!!

「モンスター、いるけど」

あたしの淡い期待はそんな追加情報で見るも無残に砕け散ってしまったけど…「神羅よりはマシだ」と呟いたクラウドの一言によって、裏道行脚が決定。さっきまで通って来た瓦礫だらけの道よりもさらに見通しが悪く、狭い道に緊張感が高まる。この世界に来て、あたしにとってはついさっき、駅までの道のりで初めてモンスターというものに遭遇した…まだまだ免疫なんてある訳がなくて、出来ることなら出会いたくはない。まぁ、そんな願いは届くはずもなく、エアリスの言葉通り、次々モンスターと遭遇…そのまま戦闘になってしまう。クラウドがすぐに倒してはくれるけど…

「どこから来るか、わかんないね」
「…う…うん」

まさに、エアリスの言う通り…全く気が抜けない状態だ。怖すぎる。

「あの手のモンスターは弱い者から襲う」
「えっ…じゃあ、絶対あたしじゃない!クラウド怖いこと言わないでよ〜」
「事実だ」

シレッと恐ろしいことを言われて、気持ち的にはもう泣いてしまいたいくらい…エアリスまで戦えることを知ったあたしは全身から血の気が引いていくのがわかった。息を整えながら左腕に装着していたバングルにそっと手を触れる。使えるかどうかはわからないけど、こうなってしまってはこのマテリアだけが頼りだ。
そんなあたしをクラウドが横目で捉えた。

「名前、マテリアは出来る限り使うな」
「でも…」
「まだこっちで何も訓練していない。またあんなでかい炎を出されたんじゃ、俺たちまで危ないんだ」
「だけど、念のため…ね」
「…俺を誰だと思ってる」

一瞬眉を寄せたクラウドが、また物陰から飛び出して来たモンスターに向かって剣を構えた。

「アンタ1人くらい、余裕で守れる」
「……………」

そんなこと言われたら…ドキッとしてしまうじゃないか。顔に熱が集まっていく感覚を感じながらも、何も言葉が出てこない。そんなあたしの背後から「わ、クラウドかっこいい!ね、名前」と言うエアリスの笑い声が聞こえて来た。

  

ラピスラズリ