
暗がりの中、七番街へと向けた足を一人急がせる。
昼間のタークスは難なく撃退した。その後、エアリスと共に彼女の家へと向かったが、どうやらエアリスの母親エルミナは俺のことを歓迎してはいないらしい。こういう扱いを受けたのはこれが初めてじゃない。一目でソルジャーだとわかる魔晄の瞳に、尊敬にも似た眼差しを向けて来る者もいれば、明らかな畏怖の念を持つ者もいる。そのこと自体にはもう慣れたし、そんなことはどうでもいい。
もうエアリスと関わらないでくれ、というエルミナに「わかった」とだけ短く伝え、エアリスに気付かれないよう家を出た…はず、だった。
「……あ。」
「あれ?これは偶然ですなぁ」
おそらく、俺とエルミナとのやり取りは全て彼女にバレていたのだろう、と思った。「どういうつもりだ」と聞けば、あっさりと待ち伏せしていたことを認めるエアリスに思わずため息が漏れる。これも、勘の成せる技なのだろうか…
「どうして…」
「もっと、一緒にいたいから」
「……………」
「それに、名前のことも、一緒に探したいから」
そう言いながらエアリスが歩み寄ってくる。「名前が見付かってないのに、クラウド、じっとしていられる訳ないもんね」と笑顔で返され、思わず言葉を詰まらせた。これは、どう考えても俺が折れるしか無さそうだ…
「道案内を頼む」
「喜んで」
そう返事をすると、エアリスはご機嫌な様子で前を歩いていく。その後ろ姿を視界に入れながら、俺も歩き出そうとした時だった。突然、頭の中に何かが流れ込んでくる感覚と共に、何故か頬に涙が伝っていて…
「クラウド?」
どうしたの、と言いながら駆け寄ってくるエアリスに慌てて顔を背けた。「なんでもない」とだけ伝えて先に進もうとすると、エアリスが隣へと並んで来る。顔を覗き込まれないように、わずかに足を早めた。
「名前がいなくて、寂しくなっちゃった?」
「…からかうな」
「結構、本気で言ってるけど?」
だとしたら、尚更タチが悪い…そう思い、それ以上は返答しないでおいた。未だに見付からない名前のことが気にならないと言ったら嘘になる。今こうして先を急いでいる間にも、ある時突然、彼女が現れるんじゃないか…そんな風に、常に周囲に気を配っている自分自身にはもう気が付いている。
何故、そんな風に名前を気にかけるのかは、自分でもよくわからなかった。おそらく、これまでのことで、名前には情のようなものが湧いているのだろう。だから、放っておけないんだ。彼女が突然消えたのは、今日の昼間…まだ、半日も経っていないのに、もう随分長く離れているような気さえする。
「ねぇ、クラウド」
「ん?」
「名前のこと、やっぱり、ちゃんと教えて?」
どこか改まった様子でそう聞いてくるエアリスに、思わず足を止めた。ふと、そういえば昼間もエアリスは名前の話題を出しながら、途中で言い淀んでいたな…と思い出す。「何のことだ?」と俺が疑問を返すと、エアリスは真っ直ぐに俺へと目を合わせて来た。
「名前、少し変、だよね…」
「え?」
「あ、変っていうのは、おかしな意味じゃなくて…何か、違う気がするんだけど」
「……………」
すぐに否定しようとしたが、エアリスの瞳から逃げることが出来なかった。否定の言葉はそのまま行き場を失って、目の前のエアリスが「言ったでしょ?私のカン、当たるの」と笑うのをただ黙って見つめていた。
俺からしてみれば、名前だけでなく、このエアリスもどこか不思議な存在だ。掴み所がない、こんな女は初めてだ。
「はぁ…」
観念したかのように、思わずため息が漏れた。確かに、エアリスは名前が消えたあの時、彼女の目の前にいた。名前が消える瞬間を目にしていた可能性だって十分にある。そう思った俺は、エアリスと共にその場で足を止めると、名前のことを話した。別の世界から来た存在であること。俺も向こうの世界に行ったことがあること。この世界とはかけ離れた平和な世界だったこと。今の状況を考えると名前は向こうの世界に戻っている可能性が高いこと。
エアリスは不思議と驚きもせずに、俺の話を聞いていた。
「ふ〜ん…それで、いつ戻ってくるの?」
「それは、わからない。2つの世界は時間の流れが違うようだった。しばらく後かもしれないし、この後すぐ、かもしれない」
「そっか。どちらにしても、やることは変わらないね。名前、探してあげなきゃ」
「ああ」
エアリスの言葉に頷いた俺は、この時初めて気が付いた。よく考えれば、今の状況は俺が名前に出会う前と同じだ。言ってしまえば、2人がそれぞれ在るべき場所に戻っている。このまま、名前が二度と戻ってこない可能性だって、あるんじゃないのか?そう思った瞬間、何故か胸の奥がドクン、と大きく鼓動した。
「……………」
無言のままその場に立ち尽くしていると、歩き出そうとしていたエアリスが、またゆっくりと振り返る。
「名前、別の世界から来たって言ってたけど」
「……?それが、どうかしたか?」
「うん…それ、そっちの世界に迷い込んでしまってただけ、なんじゃないかな」
エアリスの言葉の意味がわからず、わずかに眉を寄せると彼女はまた深い緑を真っ直ぐに俺へと向けて来た。
「本当は、こっちの人、なんじゃない?」
「…っ…何故、そう思うんだ?」
「ただのカン。名前が側にいた時のこと、思い出して、そう思っただけ」
「…そうか」
エアリスの言葉は衝撃的だった。そんな風に考えたことは一度もない。俺だって、名前本人だって、そのはずだ。彼女の勘は確かに鋭い。だが今回ばかりは、それは有り得ない、と思った。
名前にはこっちの世界の知識が何もなかった。マテリア、神羅、モンスター、危機感だってまるでない…記憶喪失だった、ともどこか違う気がする。向こうの世界で馴染み、生活している名前を目の当たりにしているせいもあるのか、こっちの危険な日常と名前がどうしても結びつかなかった。
名前には、安全な向こうの世界が合っている。心の中でそう考えながら、まるで、俺自身に言い聞かせているみたいだな、と…どこか自嘲気味に思った。
