
一言で言ってしまえば、必死だった…
気が付けば、元の世界に戻されていたかと思えば、また見知らぬ場所にいた。
とっさにクラウドの世界に戻って来たのか、とは思ったものの、そこは今まで見ていた七番街スラムとも、伍番街スラムとも、まるで違う世界のようで…本当にここはクラウドの世界なのか、また彼に会うことができるのか、半信半疑のまま六番街スラムを彷徨っていた。今思えば、早い段階でマダム・マムに拾われたあたしはとんでもなく運が良かったのかもしれない…
「…名前…?」
マムに部屋へと案内するように、と声がかかったということは次のお客様はご新規の方なのだろう。お待たせしてしまわないよう、急ぎ足で受付へと向かったあたしは、そこに立っていた人物に思わず言葉を失った。
七番街スラムとも、伍番街スラムとも明らかに違った様相を見せているこの六番街スラムでの突然の再会に、頭が回らない。幻でも見ているんじゃないか、と一瞬思ってしまったあたしの名前を彼が小さく呟いたのが、はっきりと耳に届く。
「…クラ、ウド…?」
ゆっくりとあたしとの距離を縮めてくる彼の名前をポツリと呟くと、まるで返事をするかのようにクラウドがわずかに頷いたのがわかった。
あぁ、クラウドだ…また会えた…怪我、してないみたい…良かった…
色んな感情が湧き上がって来て動けないあたしの肩に、クラウドのグローブがそっと触れる。見上げた先にある彼特有の碧色に一気に安堵が込み上げて来る。どこにも怪我をしていない様子を見て、クラウドもあの銀髪の男に傷付けられるようなことはなかったんだ、と心の底からホッとした。
「無事、だったか?」
「うん、あたしは大丈夫…クラウドも、無事で良かった…」
「ああ」
その時、一瞬…本当に一瞬だったけど…クラウドがわずかに微笑んだような気がして…驚いたけど、ふと彼の肩口から小さく手を振るエアリスが見えて、あたしも笑顔を返した。再び視線を戻した先のクラウドは、いつもの表情に戻っていて…やっぱり、見間違いだったのかもしれない、と1人首を傾げる。
「なんだい、知り合いかい?」
「はい。色々ありまして、彼に同行していました」
「そうかい、良かったじゃないか」
あたしとクラウドの様子に何かを察したらしいマダム・マムが会話に入ってくる。その表情はどこか晴れやかで、上機嫌なのが見て取れるように優雅に扇子を扇いでいる。知り合いも誰もいない中、六番街スラムを彷徨っていたあたしを拾ってくれたマムの心情はわからないけど…ある程度の心配をかけていたことは間違い無いのだろう。
「まったく、あたしとしたことが、らしくないことしちまったよ」
「そうなの?」
「そうさ」
エアリスの言葉に頷きながら「だけど、着物の着付けが出来る娘なんて、滅多にいないからね…つい情が移っちまってね」とため息をついているマムに、あたしは文字通り救われた。人生、何が幸いするかわからない…
数年前、友達の付き合いで仕方なく行った着付け教室…それが、回り回ってこんな形であたし自身を助けてくれるとは思ってもみなかった。母国の文化である着物が、あたしとマムを繋いでくれたのは紛れもない事実だ。
そんなことを考えていると、マムがふとあたしへと視線を投げ、その切れ長の瞳をわずかに細めた。
「ただ、ねぇ…アンタ、もう少し着崩してもいいんじゃないかい?女は出るとこ出して、締めること締めてなんぼだろ?」
「あはは、それは、ちょっと…」
「もったいないねぇ」
マムのため息にあたしは苦笑いを見せるばかり。それはそうと…と、マムがクラウドに向き直った。
「何にしても、知り合いに会えて良かったよ。ほら、見ての通りの街だろ?こんな綺麗な顔して、無防備にウロウロしちゃあ、あっという間に餌食になっちまうからね」
「ほんとにそうだね、名前可愛いから、この街の人たち、放って置かなそう…」
「そんな…」
エアリスの言葉に思わず謙遜すると結構な真顔で「ううん、本気で言ってるよ?」と言われてしまった。綺麗とか、可愛いとか、あまり言われ慣れていなくて、どうしたらいいのかわからなくなってしまうのが本音なのに…
そんな風に思っていたあたしをじっと見下ろしていたクラウドが口を開いたのは、その時だった。
「マム、少し時間をもらえるか?」
その言葉にクラウドを見上げると、彼の瞳は真っ直ぐにマムへと向けられていて…「名前と話がしたい」とはっきりとした口調で続けた。マムは扇子で自身を仰ぎながら…だけど、不機嫌になる様子は少しも見られなかった。
「…あまり待たせるんじゃないよ。気の長い方じゃないからね」
「わかった」
頷いたクラウドが再びあたしへと視線を向けてくる。「いいか?」と、このタイミングですらあたしに確認を入れてくるのはクラウドの優しさなのだろう、と思う。いつだって、クラウドはあたしの嫌がるようなことは絶対にしない。
そんなに気にかけてくれなくていいのに…と、時に思ってしまうくらい。無愛想な第一印象とはまるで正反対だ…どこまでも優しい人。
小さく頷いて見せると、彼にそっと手を引かれた。ここでは話せないことが多すぎる。
手揉み屋の扉を押し開くクラウドに手を引かれたまま、わずかに振り返り頭を下げる。にこやかに手を振ってくれるエアリスと、微笑んだ口元を扇子で隠しているのであろうマムに見送られるように、引かれた手をそっと握り返した。
