37:記憶の欠如


  

「やはり、向こうに戻っていたのか?」

振り返りながら、クラウドにそんなことを聞かれたのは、マダム・マムの店から少し歩いた食堂のようなお店の前だった。店に入る時間は当然ないし、空腹でもない。2人で話ができれば十分…場所は特に選ばないのだろう。
軒下で壁に背中を預けながら腕を組むクラウドの隣に、あたしも並んでなんとなく道ゆく人々に目を向けながら口を開いた。

「うん、突然戻っちゃったみたい…」
「どのくらい向こうにいた?」
「3日くらい…かな」

向こうで過ごした日々を思い浮かべながらそう答えると、クラウドが小さな声で「…そんなに、か」と呟いたのが聞こえた。聞き返すかのように、隣のクラウドと目を合わせると、彼にはあたしの意図がしっかりと伝わっていたらしく…

「こっちでは、だいたい半日くらいだ。名前が消えたのは、今日の昼間…だからな」
「…そう、なんだ」

やっぱり、時間の進み方が全然違うようだ。あたしだって、マダム・マムに拾われたのは今日の話だし、まだ陽も落ちていなかった。そう考えると、あたしが向こうの世界で過ごした3日の間に、こっちの世界ではほんの数時間しか経っていなかったことになる。
時間の進み方が一定していないことも、何となく浮き彫りになってきたような気がする。今回のようにあたしの世界の時間が早く進むこともあれば、今までには逆もあった。法則性が見えないし、元々そんなものはないのかもしれない。

「3日間、何していたんだ?変わりはないのか?」
「…うん」

一瞬、言い淀んだあたしに気が付いたのか、クラウドが「どうした?」と聞いてきたけど、何だか答えようがなくて、「何でもない」と首を振った。本当は、何でもない訳がないのに、どう説明していいのか…わからなかった。
3日間、向こうで何をしていたのか、実はほとんどと言っていいほど、記憶になかったのだ。
仕事は有給を取っているから行く必要がなくて、時間を余していたはずなのに…その空いた時間で何をしていたのか、ほとんど覚えていない。わずかに覚えていることといえば、何かを必死に調べていたこと…くらい。
それなのに、その“何か”を何も覚えていないなんて、絶対におかしい。そうは思うのに、あまりにも自分の頭の中がフワフワとしていて、定まらなくて…クラウドにどう伝えればいいのか、わからなかった。

「……………」

この感覚には、ほんの少し覚えがある。以前、クラウドと2人でまたこっちの世界に来てしまって、伍番街スラムの教会で目を覚ました時と同じ…あの時も、直前までクラウドに何か大切なことを伝えようとしていたのに、世界を跨いだ瞬間、それが何だったのか綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
向こうの世界では、ものすごく大切だと思えるような内容だったのに、どうしてこうも綺麗に頭の中から無くなってしまうのだろう…そんなことを思いながら、あたしはもう一度隣のクラウドへと目を向けた。今、これ以上考えてもどうしようもないことは、わかっているから。

「クラウドは、あの後大丈夫だったの?」
「ん?」
「ほら、あの銀髪の人に攻撃されたりとか…」
「ああ、俺もエアリスも無事だ」
「そっか…よかった。あたしだけ、元の世界に戻っちゃったから」

クラウドとエアリスのことが心配だった。向こうで過ごした3日間、その中で何度も湧き上がって来た不安が突然フッと頭の中に蘇る。

「…もしかしたら、ね…もう会えないんじゃないかって、向こうでずっと不安だったんだ」
「……………」
「こんなこと言っていいのかわからないけど、また会えてよかったなぁって思ってる」

言ってる途中で何だか照れくさくなって、へへっと笑いながら言葉にするとクラウドは少し驚いた顔を見せた。クラウドはこっちの世界、あたしは向こうの世界。それが自然の姿であるのはわかっているんだけど…素直に、また彼に会えて嬉しいと思えるし、こっちの世界に戻ってこられて安心したのも事実。

「………俺もだ」

わずかに顔を背けながらそう言うクラウドの言葉に、思わず笑顔が溢れてしまうのは…いけないこと、なのかな。逸らされた彼の碧色がまたゆっくりと合わされたと思ったら、今度はよく見慣れたグローブ越しにポンポン、と頭を撫でられた。

「子供扱い、してる?」
「そんなつもりはない。…嫌、だったか?」
「嫌じゃない」

そう言って笑ったら、クラウドもふっと笑ってくれたのがわかった。手放しに喜んでいい状態でないことはわかっているけど、やっぱりあたしは、またこの世界に来られて…クラウドに会えて…嬉しいな、と改めて思った。

  

ラピスラズリ