38:戦力外


  

大歓声に包まれながら、クラウドとエアリスは大きな扉の向こうへと消えて行った。
立ち去る前にクラウドがわずかに目配せしてくれたのがわかったし、エアリスは小さく手を振ってくれた。2人よりも随分高いところから、今の戦いを見ていたあたしもそっと手を振り返して…2人の姿が見えなくなると同時に静かにその手を下ろした。

「なかなかやるじゃねぇか」
「そりゃあそうさ、あたしが揉んだからね。それにあの手、死線の1つや2つ、超えてるね」

マムが座る椅子のすぐ横に立っているあたしにも、会話の内容はもちろん聞こえてくる。マムの言葉には、妙な説得力があった。それと同時に、あたしはクラウドのことを何も知らないんだな…と改めて思い知らされる。
どんなところで生まれたのか…家族はいるのか…ティファとはいつから友達なのか…マムの言う“死線”とはどういうものだったのか…どうして、そんなに強いのか…
彼のことをもっと知りたい。そんな風に思っている自分に今更のように気が付いて、少し、驚いた。2人が消えて行った派手な装飾が施された大きな扉をじっと見つめる。
クラウドとエアリスは、大丈夫だろうか。ここまで危なげなく勝ち進んでいるようには見えるけど、相手だってどんどん強くなるだろうし、何せ連戦だし…

「それにしても…」

その時、会話に一区切りついたのか、ふいにチョコボ・サムと呼ばれている男性の視線があたしに向けられて、思わず体全体に緊張が走る。

「お前がこんな可愛い娘を引き連れてくるとは驚いた。珍しいな…弟子でもとったのか?」
「そんな訳ないだろ。ちょっと色々あって、情が移っちまったんだよ」
「ははっ、どっちにしたって珍しいことに変わりねぇ。こんなとこにまで連れてくるとは、よほどのお気に入りってことか」

豪快に笑う男性に、マムが小さく舌打ちしたのが聞こえた。これ以上絡まれるのが厄介だ、とでも言わんばかりに「この娘もクラウドの連れなんだよ」と面倒そうに返している。トーナメントに出ないあたしをこうして同行させてくれて、『代理人』と呼ばれる特別な3人しか入れない特等席でクラウドたちの試合を見せてくれたのは、マムの優しさから、だ。トーナメントに出ることができないあたしだけど、結果が気になって仕方がないことを察してくれて、「一緒に来るかい?」と声をかけてくれたマムには感謝してもしきれない。

「……へぇ」

マムの言葉に再びあたしへと目を向けたチョコボ・サム。その目が、お前は戦わないのか、と言っているような気がして…あたしは、着物の袖の中でそっと拳を握りしめていた。




「マム、名前をしばらくここに置いてやってくれないか?」

2人で、お互い離れていた間のことを話して、マムの店に戻ってきた時、クラウドは開口一番そう申し出た。その言葉を、横で聞いていたあたしもびっくりして、隣のクラウドを見るけど、見上げた先には彼の横顔しか見えなかった。

「話をする前に、まずは揉まれろって、言わなかったかい?」
「…そう、だったな」

マムは不機嫌そうに眉を寄せると、頷いたクラウドを奥の部屋へと引き連れて行った。残されたあたしとエアリス。
エアリスが「心配してたんだよ、大丈夫だった?」とか「その服、すごく似合う」とか話しかけてくれて、あたしも笑顔を見せながら言葉を返していたけど、正直、なんて返答していたのかは全然わからなかった。
クラウドのさっきの言葉が、グルグルと頭の中を回っている。
あたしは…このまま、ここに置いていかれるの…?
さっき2人で話している中で、これからティファを助けにコルネオの館に行かなければならないこと…そのために、エアリスを推薦してもらえるようにマムを訪れたこと…これが最善だとは思えないが、他に方法がないこと…
当然、お世話になったティファのことを、あたしも一緒に助けに行こうと決意していたのに…クラウドは、どうして、あんなこと…

「…名前…あのね」
「え?」

エアリスには、多分あたしがモヤモヤしていることはもうバレている。彼女が、あたしに何か声をかけようとしたその時、奥の部屋が開いて、マムとクラウドが出てきた。
他のお客で何度も見てきた光景だけど…あのクラウドですら、施術で半ば放心状態のようになっている…マム、恐るべし…エアリスに声をかけられても、ぼんやりとしか返答できないでいるクラウドなんて、もう二度と拝めないかもしれない。

「さてと…誠意はしかと見せてもらったよ。頼みってやつを聞こうじゃないか」

そう切り出したマムに、まずはエアリスをコルネオに推薦してもらいたい、と2人が申し出る。マムは随分な物好きだ、と一瞬呆れた顔を見せたものの、どうやら2人の申し出を引き受けるらしい。エアリスの服も見繕うと言うマムに、横で聞いていたあたしも少し驚いた。かなりの大サービスだろう…言葉にはしないけど、マムも2人のことを気に入っているのだろうな、と何となく思った。ただ、料金はもちろん取るようだけれど…

「いくらだ?」
「ざっと100万。偶然とはいえ、名前の保護までしてやってたんだ。それくらい、安いもんだろ」

サラリ、と飛び出した大金に思わず絶句してしまったのは、あたしだけではないらしい。視線を合わせてきたエアリスの表情が全てを物語っていた。ただ、マムもクラウドたちにそんな大金が用意できるとは思っていない、と続け、地下闘技場のトーナメント、という手段を提案してきた。この街にいれば、すでにその存在は何となく知っているけど…ルールなんて、あるようでないに等しい、無法地帯に相応しい何でもありの大会だった気がする。
そんな心配を口にしようとした矢先に、クラウドは2つ返事でその申し出を受けてしまった。腕に自信があるんだろうし、強いのも知っているけど…無法地帯の闘技場、どうしても不安が付き纏う。

「もう受付は始まってるからね。で、名前はどうするんだい?」
「あ、あたしは…」
「名前は、ここにいてくれ」

まるで、あたしの言葉を遮るかのようにクラウドが言葉を重ねて来る。マムがわずかに眉を寄せ、手にしている扇子でゆっくりと仰ぎながらクラウドを見た。

「さっきも思ったけど、アンタふざけてんのかい?名前にとってはようやく顔見知りに会えたんだ、連れてくのが男ってもんだろ」
「名前は、戦えないんだ」
「…誰一人知り合いもいないこんな街を、たった1人で彷徨ってたこの娘の気持ち、少しぐらい考えてやったらどうなんだい」
「それは…」

クラウドの碧色が静かにあたしへと向けられた。あたしは、クラウドと一緒に行きたい。ティファを助けたい。マムには本当にお世話になったけど、やっぱりこのまま、ここに置いていかれるのは、嫌…
じっと見つめ返していると、クラウドはスッと視線を逸らすと小さく息を吐いた。

「…じゃあ、コルネオのところから戻ってくるまで………頼む」
「クラウド…」

彼のその決断が、何だかすごく…悲しかった…
何も言い返せないでいるとマムが観念したかのように小さくため息をついたのがわかった。

「まぁ、アンタの気持ちもわからないでもないけどね…わかったよ、コルネオのところから戻るまで、だからね」
「ああ」




突然湧き上がった歓声にハッとすると、そろそろ決勝戦が始まる、とアナウンスされていた。
また、眼前でクラウドとエアリスが戦う。相手は隣に座るチョコボ・サムの推薦らしい…代理人と呼ばれる特別な3人のうちの1人が推薦する相手…手強いことが容易に想像できる。
どうか、怪我したり、しないでほしい…

「……………」

クラウドに、戦えないあたしはトーナメントには不要、とされてしまったのだろう。
ティファを助けに行く時も、足手纏いだと…
今までの行いを考えると反論なんて、出来なかった。モンスターとの戦いになったところで、渡されたマテリア1つ満足に使えなくて、彼に守ってもらってばかり…ティファ救出の際には、マムのところに置いていかれる決断を下されたあたし。クラウドの決断は最もだと思う…反論するつもりも、恨み言を言うつもりもない。
ただただ、戦力にならない自分自身の無力さが歯痒くて、悲しくて…隣で戦うことを許されたエアリスのことが、うらやましかった…

  

ラピスラズリ