
それはある日の休日…だった。
前日までの激務に今日ばかりは昼過ぎまで布団の中に入っていてもバチは当たらないだろう…と思う。昨日までに仕上げなければならない資料が膨大すぎて、下手をすれば今日だって休み返上になりかねなかったのだ。無事、休日となった今日は思いっきりのんびりする!そう名前は決めていた。
モゾモゾと布団の中で寝返りをして、時計を確認したのち、再び目を閉じる。その時だった。瞼越しにもわかる強い光。思わず光の方へと目を向けるが、到底直視など出来なかった。わかったのは、天井付近が光っているらしいことだけ…
「…な、に…?」
そして、次の瞬間、体全体が突然の重みに襲われて、呻き声が漏れた。
「………どこだ、ここ?」
聞き慣れない低い声。目の前に広がる赤。瞬きしながら何とか首を持ち上げると、すぐさま薄いブルーに射抜かれた。
それが、何故か人だと理解するまでに時間はかからなかったが、如何せん身体が動かない。大の男が伸し掛かっているという物理的事実に加え、パニックという精神的混乱も相まって、停止してしまった脳は身体を動かせ、という命令は出してくれなかったらしい。
「……ひ、っ…」
「…お。ワリィ」
ちょうど大きな手が置かれていたそこを確認するかのように数回揉んだ男が、その物体の存在を理解した途端謝ってくる。手は、すぐにどかされ、硬直している名前に代わって男が先に身を起こした。
その瞬間、名前は初めて悲鳴を上げる、という行動に出た。声は寸でのところで男の手によって塞がれてしまったが…
信じられないことが起きた、とようやく頭が理解した。昼過ぎまで寝ていても、別にバチは当たらなかった。ただ、変質者が落ちてきた…それだけ、だ。
「……………」
一体…どうしてこうなった、と名前は頭を抱えていた。今日は昨日までの疲れを癒すために思う存分、家でゴロゴロ過ごすはずだったのに…何故、よく知りもしない、しかも部屋に突然現れた男と、今こうしてカフェでお茶をするような状況に陥っているのか。目の前に座る男、レノには「何、恐い顔してんだ?」と言われたが、名前にしてみれば、全てアンタのせいだ、と言ってやりたい気持ちだった。
ふと顔を上げると、レノは持っていたコーヒーカップを置いて、ため息を漏らしたところで…
「参ったな…」
「え?」
「外に出りゃ、少しは状況がわかるかと思ったけど…てんでわからないことだらけだぞ、と」
どうやらコーヒーを口にしながらも街並みや、道行く人に視線を向け、状況把握に努めていたようだ。それがどれも彼の記憶とは噛み合わず、思わずため息が漏れた…ということらしい。
レノが自室、しかも自分が寝ていたベッドの上に突然光と共に落ちてきたのを目撃していた名前に言わせてみれば、全てが普通ではない。理解できない何かが起こっている。信じられないが、目の前で起こってしまったことだけに否定したくても出来ない状況に陥っていた。
「なぁ、ここ、プレートの上…じゃねぇよな?」
「…言ってる意味がわかりません」
「だよなぁ」
彼の口から出てくる単語、そのほとんどが名前の知らないものだった。ミッドガル?神羅?マテリア?魔晄エネルギー?何のことやら、さっぱりだ。噛み合うものが何もない、とわかるたびにレノはどこか気落ちしているようにさえ見えた。
ただ、名前にとってはそんな彼そのものでさえ、昨日までの日常と比べるとかなり異質のものに感じられた。
真っ赤な髪に、同じ色のフェイスペイント。その外見だけでも、名前の日常の中には存在し得ないものだ。この外出中、誰か知り合いに見られた時は「遠い親戚の売れないバンドマン」だと説明しよう、と心に決めていたくらいだ。
その上、彼の不思議な言動も、「愛用のロッドだ」と言い張り、持っていた棒のようなものをなかなか手放そうとしなかったことも、名前には理解が出来なかった。
外の様子が見たい、と言い出したのはレノなのに、その棒のようなものを持っては出掛けられない、と主張する名前の意見をなかなか飲み込んでもらえず、苦労したことが思い出される。
「…はぁ…」
思わず漏れたため息を聞いてか、正面に座るレノがわずかに笑った。
「帰るか…」
「え?」
「外に出ても、何も手掛かりがねぇってことは、よくわかった。悪ぃ、巻き込んじまったな」
「……………」
本当にその通りだ、と思ったのに、名前は何も言えなかった。わずかに眉を下げて、困ったように笑ったレノ。そんな顔を見せられたら、胸の奥がザワザワする。そして、名前ははた、と気が付いた。
「ちょっと待って。帰るって、どこに…」
「ん?名前の家に決まってんだろ」
「え…!?」
「路頭に迷うレノさんに行ける場所と言ったら、そこしかないだろ」
飄々とした物言いに名前は思わず言葉を失った。一瞬で色々なことが頭の中を駆け巡った結果…フルフルと首を横に振る。
「ダメ、無理無理!だって、女の子の1人暮らしだよっ」
「オレは紳士だから大丈夫だぞ、と」
「な…」
登場直後に、思いっきり胸を揉んでおいて一体何を言っているんだ、と思わず言い返したら「あれはラッキースケベだろ、不可抗力だ」とすぐさま反論が返ってきた。何故、こうも口が達者なんだ。すぐに外の様子が見たいと言い出した行動力にも驚いたが、少なくとも只者でないことだけは確かな気がした。
言葉を失っている名前に小さく笑ったレノは、テーブルに置かれていた伝票を手に立ち上がる。
「名前は着痩せするタイプだな。あのままコトに及ばなかったオレを褒めてもらいたいくらいだぞ、と」
「っ……変態……っ!」
「はいはい」
片手をヒラヒラさせながらさっさとレジへと向かってしまう彼の後を慌てて追いかけた。口だけじゃなく、全てに余裕が含まれている気がして、何だか悔しい。どうしても、自分だけが振り回されているような気がして…
だが、そんな形勢はまさかのレジで見事に逆転した。
「………マジか」
どうやら支払いをしてくれるつもりだったらしいレノだが、その胸ポケットから出てきたのは見たこともないお金だった。固まる店員さんの表情は、今後しばらく忘れられないと思う。
その場は名前が支払い事無きを得た訳だが、並んで歩く帰り道、レノはどこか肩を落としているように見えて…そんな彼を、何故か可愛らしく思えてしまったのは、気のせいではないだろうと名前は思った。さっきまでの尖った気持ちがみるみる柔らかくなっていくのがわかる。
「…仕方ないなぁ」
「ん?」
「家、使っていいよ」
「っ、いいのか!?」
「うん」
「良かった、このまま放り出されたらどうしようかと思ったぞ、と」
ははっ、と小さく息を吐きながら安心したように笑うレノに、気付くと名前もわずかに笑っていた。彼のことは何もわからない。そんな自分が彼の素性を調べたり、元いたという場所に戻る手助けをしたりすることは難しいだろう。
出来ることといえば、自宅をレノの拠点として開放することくらいだ。それくらいは、してあげたいと思わせるレノは、やはり只者ではないのだろう。
「その代わり、家でのルールは色々決めるから、守ってもらうからね」
「おう」
「それと、こっちの常識もね。教えるから、覚えて」
「わかった」
今回、名前が外出に付き合ったのはレノに言われて渋々だった。レノにとっては外で手掛かりを探す中で浮かんだ疑問はすぐに解決できるように…との考えだったようだけど、名前も付いてきて良かった、と内心思っていた。レジでの支払いはもちろん、信号の見方、車との距離、武器になるようなものは持ち歩けないということ、常識と呼ばれるものの多くがレノからは欠落している。少なくとも、浮いてしまわない程度には常識は身につけてもらわなければ…と、名前は意気込んでいた。
「んじゃ、これからよろしくな」
「こちらこそ」
奇妙な2人暮らしは、ある日突然、始まった。
後書き→
凛和様よりリクエスト頂きました、『長編夢主で、もし逆トリしたのがレノだったら』という内容で書かせて頂きました!
リクエスト頂いた瞬間、その手があったか!!と思わずニヤケてしまいました(笑)1話では到底書ききれないくらいの妄想が降ってきたのですが、何とか1話にまとめました。タイトルもあえて長編の1話目と同じにしてみました!
クラウドが現れた時とは違い、最初っからレノに振り回されるヒロインちゃんは書いていて、大変楽しかったです(*^^*)
凛和様、素敵なリクエストをありがとうございました!拙い文章ではありますが、ほんの少しでも楽しんでいただけましたら嬉しいです!
この度は企画へのご参加&素敵なリクエスト、本当にありがとうございました〜(*^^*)
