後悔先に立たず…(クラウド)

  

背中を壁に預けたまま、ずっと無言を貫いていたクラウドだったが、その時ついに、組んでいた腕をゆっくりと解いて、片手で自身の顔を覆った。そのまま、静かに俯いてしまう。誰が見ても明らか…その姿からは大きな後悔が滲み出ていた。



「…どうしても行くのか?」

はっきり言って、気が進まない。クラウドの心中はその一言に尽きた。そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、少し前を歩く名前の表情はどこか晴れやかだ。

「うん、どうしても行きたい!そのためにお金を貯めたんだもの」
「……………」
「逆に聞くけど、どうしてクラウドはそんなに渋るの?」
「…言うな」

クラウドは元々名前には甘い。普段、あまり頼み事をしてこない彼女の珍しいお願い事なら尚更、当然の如く全て叶えてやりたい、とすら思っていた。ただ、今回の一件だけはどうしても快諾できず、何とか興味を他へ反らせないものかと試行錯誤してみたものの、全くうまくいかずに今を迎えている。
クラウドの作戦がうまくいかなかった、と言うよりも、想像以上に名前の意思が固かった、と言った方がいいかもしれない。最近よく装備品やアイテムの整理をしているとは思っていたが、不要なそれらを売って、今回の願望を叶えるための資金にしていたとは、クラウドも気が付かなかったのだ。もっと早くに気付いていたら、金が貯まる前に何かしら策を講じることが出来ていたかもしれないのに…と思うと、さらに悔やまれた。
一生懸命貯めたギルを手に、嬉しそうに歩く名前を見ると、どうしてもこれ以上否定的なことを口にするのは憚られる…そんな気持ちだった。

「こっちだよね」
「…まぁ、間違えてはいない」
「だよね!ちゃんと地図を覚えて来た甲斐があった」
「……………」

ごちゃごちゃと入り組んだウォールマーケットの中を迷うことなくスタスタと歩く名前からは、もはや執念にも似たものが見える。思わず小さくため息をつきながら、クラウドは彼女の後を付かず離れずついて行く。
しっかりと地図を頭に入れて来ていると言うことは、名前もココがあちこち歩き回って良い街でないことはわかっているのだろう。そうは思うが、名前には殊更心配症を発揮するクラウドに“1人で行かせる”と言う選択肢はまずなかった。
そして、淀みなく歩を進め続けた名前はあっという間に目的地に到着する。さすがに少し緊張しているようで、ゆっくりと中を覗き込むように扉を開けた。名前の後ろに立つクラウドの耳にも、中にいる聞き慣れた人物の声がすぐに届いてくる。

「いらっしゃいませ〜、お一人様ですか?」
「あっ、え、と…」
「俺の連れだ」

急に尻込みし出した名前の見兼ねて、後ろから扉を押し開くようにしながらマダム・マムへと声をかける。クラウドの姿を確認したマムの声のトーンがほんの少しだけ下がったように感じたのは気のせいではないだろう。
クラウドにはすでに客用の対応で無くても大丈夫、との判断らしい。

「何だい、クラウドじゃないか。久し振りだねぇ、元気だったかい?」
「…まぁまぁだ」
「相変わらず愛想の欠けらもないねぇ…で、今日は何しに来たんだい?また客じゃないってんなら、ごめんだよ」
「はい!私がお客です」

笑顔で手を挙げる名前に目を向けたマムがわずかに目を細める。

「また随分可愛いお客だこと…」
「よろしくお願いします!エアリスが、前にクラウドがものすごく気持ち良さそうにしてたって何度も言うので、ずっと気になってて」
「ふぅん…」
「頑張って、お金も貯めて来ました」
「そうかい、なかなか根性ありそうじゃないか。コースは、どうするんだい?」
「クラウドと同じ、極上の揉みでお願いします」

そう言うと名前は持っていた財布の中からきっちり3000ギル、マムへと手渡した。その表情はやっと念願が叶う嬉しさと、何度もエアリスに聞かされた話からの期待感に満ち溢れている。そんな名前を見ながら、クラウドは1人葛藤していた。マムの極上の揉みを受けたことのある自分だからこそ、ここはやはり止めるべきなんじゃないか…という思いと、いや、あんなに嬉しそうにしている名前に水を差すような真似をする訳にはいかない…という思いの間で大きく揺れ動く。

「じゃあ、クラウド行ってくるね〜!」
「あ…」
「楽しみだなぁ」

悶々と考えている間に、気がつくと名前はマムの後に続き、奥の部屋へと向かっていってしまった。にこやかに、クラウドへ手を振りながら。
途中まで伸ばしかけたクラウドの片手は、完全に行き場を無くし、ただただ宙を彷徨っていた。




そして冒頭の今、クラウドは盛大に後悔していた。

「…っんぁ…」

部屋の奥から聞こえてくる艶かしい声に、片手で顔を覆ったまま俯くことしかできない。
今出来ることといえば、早く施術が終わることを願うことと、今他に客が入ってこないことを祈ることのみ、だ。わかっていた…予想はしていたのだ。あのマムの施術を受けたことのあるクラウドにしかわからないあの感覚に、名前が声を漏らしてしまうのも仕方のないことだ、とひたすら自分に言い聞かせる。
ただ…

「やぁっ、……、…ク、ラウド…」
「……………」

…何故、そこで俺の名を呼ぶんだ、アンタはっ…
強く思うのは、そこだ。正直勘弁してもらいたいものである。かなり…クるのだから。

「…あ、んっ…そこっ、気持ち、ぃ…」
「……………」
「あぁ、ダメェッ…んぅ…っ…これっ、すご、ぃ…やぁ…んんっ…」
「……………」

もういっそ、本当に如何わしいことをされているんじゃないか?…とすら思えてくる。そんな思いを掻き消すためにフルフルと頭を振って、クラウドは耐えた。その後しばらくして、名前がマムに連れられ、フラフラとした足取りで部屋から出て来た時は心の底からホッとしたのだが…クラウドの試練は、残念ながらまだ終わらなかった。

「ごめんね…お待たせ」
「っ………」

上気した頬に、潤んだ大きな瞳で、名前が見上げてくる。「…そんなに待ってない」とは言ったものの、はっきり言って直視できないほどの色気を名前は放っていた。
一刻も早くウォールマーケットを出なければ…
余裕なくそんな風に思い、どうしても足早になるクラウドだが、ただでさえフラついた足取りで部屋から出て来た名前が追いつけるはずもなく…結局、クラウドが名前の手を引いてやる形で街の出口へと急いだ。
こんな表情をした名前をウォールマーケットに置いておけば、いつおかしな輩に絡まれるかわかったものではない。それ以前に、クラウド自身が異常な色気を放つ彼女を他の男たちの目に入る場所から一刻も早く連れ出したかった。

「全く…世話の焼ける」
「ごめんね…でも、気持ち良かった…」
「…くっ…」

トロリとしたその言い方は反則だろう!?
心の中でそう叫びながらもグッと堪え、先を急ぐ。だが、そんなクラウドもウォールマーケットの出口に辿り着いた時、思わず足を止めてしまう。

「そこのご両人、本日の宿はお決まりですかぁ?」
「……………」
「彼女と過ごすピッタリのお部屋をご用意していますよ?」

客引きの男が下卑た笑みを貼り付けているのはわかっているが、思わずクラウドの頭の中に選択肢が浮かび上がった。


『……いらない』

『いくらだ?』

『うせろ』


一瞬、頭の中が真っ白になる感覚に陥る。その時、繋いでいた手がわずかに引っ張られ、ハッと意識を引き戻されたクラウドが後ろに目をやると名前が不思議そうな顔で首を傾げている。

「クラウド…?」
「…名前」
「…どしたの?怖い顔して…」
「……………」

頭の中に湧き上がった色々なものを振り払うかのように、頭を振る。ここで自分の欲望が勝ってしまうのは…違う。そんな感情で触れてしまえるような、簡単な気持ちで名前と向き合っている訳ではない。クラウドにとっては、もっともっと、大切な存在だ。

「…いや、なんでもない」
「そう?」
「早く帰ろう。みんな待ってる」
「そうだね」

笑顔で頷く名前に、クラウドもわずかに微笑んで見せた。エアリスやティファに見られたら「珍しい」と冷やかされるんだろうな、と1人思いながら、名前の手を包み込むグローブに少しだけ力を込めた。
仲間たちの元に帰るまでは、この大切で、小さな存在をずっと感じていたい、と思いながら。


後書き→
佐伯様よりリクエスト頂きました、『手揉み屋に興味津々だったヒロインがマムに頼んで揉んでもらい、如何わしい雰囲気になっているところをクラウドに聞いていてほしい』という内容で書かせて頂きました!
前後の流れはお任せしていただける、とのことでしたので、その辺は自由に書かせていただいたのですが、ふと読み返すと手揉み屋で極上の揉みをやってもらうために執念を燃やすヒロインちゃんが出来上がっておりました(笑)
私としましては、振り回されるクラウドさんが書けて、大変楽しかったです(*^^*)
振り回された上に、とんでもない耐久を強いられる…というクラウドにとってはどこか受難なお話となってしまいましたが、普段からヒロインちゃんを大切にしているクラウドの様子が伝わると大変嬉しいな、と思います!
佐伯様、素敵なリクエストをありがとうございました!拙い文章ではありますが、ほんの少しでも楽しんでいただけましたら嬉しいです!
この度は企画へのご参加&素敵なリクエスト、本当にありがとうございました〜(*^^*)
  

ラピスラズリ