04:深まる疑問


  

「…つ……疲れた…」

扉を開けたところで、思わず心情が声に出る。
玄関の鍵を開けることすら、億劫に思えたのは生まれて初めてかもしれない。
靴を脱ぐのもままならず、その場に倒れ込みたい気持ちを必死に抑えていると、後ろ手に玄関の扉を閉めたクラウドに涼しい顔で見下ろされた。
くっ…体力の差が…

「早く入ってくれ。後がつかえてる」
「わ…わかってる…」

悲鳴をあげている体に鞭打って、何とかソファまで辿り着く。
そのまま、今度こそ倒れ込むようにソファに体を預けた。
遅れて入って来たクラウドは、そんなあたしを一瞥しつつ持っていた荷物をテーブルの上に置いている。

「荷物、持ってくれてありがとう」
「別に」
「で、聞いていい?」

何だ?とばかりに腕を組んだクラウドから無言のまま視線を送られた。

「え、なに…クラウドって、有名人なの?」
「俺が知るか」
「いや、だってさ…」

思い出すだけでも、正直目眩がしそうだ…
今思い返せば、電車に乗ったあたりからその兆候はあった…ような気がする。
クラウドは気が付いていなかったみたいだけど、なんていうか、ものすごく視線を感じていた…確かに。
特に誰かが話しかけてくる訳ではなかったけど、チラチラこちらに向けてくる視線やヒソヒソ話。
そんな周囲の様子にあたしが違和感を感じ始めた直後に、電車は目的の駅に到着した。
降り立った駅の周辺には色々なお店が並んでいる。
だから、クラウドの必要品を揃えるにはちょうどいいと思った訳だけど…
休日とも相まって買い物客が多かったこともあったのか、やがてちらほらあたしたちに声をかけてくる人たちが現れたのだ。
明らかにクラウドに向かって『すみません、写真撮っていいですか?』と歩み寄ってくる人だとか…
『それ、コスプレですか?すごいクオリティー』と言って頬を赤く染める人だとか…

「あ!それとも、あれかな…」
「何だ?」
「クラウドって、顔いいもんね」
「…は?」

ふぅ、と息を吐きながらソファから体を起こす。

「でも、顔がいいだけで、あそこまで反応される…かなぁ?しかも、コスプレって…」
「アンタの言ってる意味がわからない」
「うん、あたしも自分で何言ってるか、よくわかってない」

もう色んなことがありすぎて、ははっ、と笑うしかないあたしにクラウドは冷めた視線を向けて来ている。
自分のことだってわかってるの?…と言ってやりたかったけど、今は疲れが勝ってそれどころではなかった。
こうして帰宅して、冷静になって考えれば、色々と混乱はしたもののやっぱりチャンス…だった気もしてきた。

「何にしても、クラウドにはもう少し愛想よくしてほしい」
「……………」
「あっ、あたしに対してじゃないよ?」

あたしは、ここ数日間なんだかんだ一緒に生活して、もう慣れた。
問題はこうして外に出た時だ、と改めて思う。

「ほら、クラウドに声をかけて来た人に、聞いてみるチャンスだったと思うの…この人のこと、何か知ってるんですか?って」

実際、あの時のあたしだって、混乱しつつもそうしようとした。
それがうまくいかなかった理由は、言うまでもなくクラウドにある。
撮影の許可を求めて来た人がまだ言い終わってもいないうちに「断る」と即答したり…
近付いて来ようとした人に対して、殺気がこもっているんじゃないかと疑いたくなるような目で睨みつけたり…
そんなことが何度も続いて、あっという間に商店街に居ずらくなったあたしは、大急ぎで必要最低限のものだけを買って、タクシーに乗り込み、半ばダッシュで帰って来た。
冒頭の疲れはそのためだ。
声をかけてくる人たちとのやり取りはあたしがする…だからせめて、黙っていてくれると大変助かる。
あと、もう少し顔の表情を緩めてもらえれば、さらに助かる。
そう切々と説明するあたしに、クラウドはあからさまなため息を1つ。

「俺向きじゃない」
「それはわかってるけど…」

無理を承知でお願い出来ないだろうか…本当に。
チラリとあたしに視線を向けたクラウドが組んでいた腕を解いて、ソファへと近付いてくる。
座れるようにスペースを空けると、クラウドはあたしから距離を置いて、ソファの端にそっと腰を下ろした。
そして、また小さく息を吐くのが聞こえて…

「…次からは気を付ける」

…と、小さな声で…だけど、確かにそう聞こえた。
少し驚きつつも、うん、と頷くと、クラウドはあたしから視線をそらして壁に立てかけてあった大剣へと手をかける。
この剣を置いていくことだって、押し問答はあったもののちゃんと受け入れてくれたし、今だって…
文句も言われるし、否定もされるけど、最後にはちゃんとあたしの言葉を聞き入れてくれているような気がする。
その点は、感謝しなくちゃいけないな…なんて考えていると、クラウドが訝しげに目を細めた。

「…何だ?」
「…え?」
「手入れくらいしてもいいだろ?」
「あっ…あぁ、うん、どうぞ」

ぼんやり見つめていたことを怪しまれたらしい。
真剣な表情で手に取った大剣を見ているクラウドの横で、あたしはすることがなくて…
とりあえず、コーヒーでも淹れようか。
その後、買って来た服に袖を通してもらおう。
そんなプランを立てながら、ソファから立ち上がった…瞬間だった。

「…え?」

何かが割れるような、聞いたこともないような音がした。
すぐ、近くで…

「…な、に…」

有り得ない程の眩しさに目を細めながら下を見ると、光の出どころはあたしの足元。
床に、巨大なひび割れができて、その隙間から光が差し込んでいた。
…なに、これ…
そう言葉を発する間も無く、次の瞬間には足元が大きな音と共に崩れて、重力が一気に体にのし掛かる。
真っ白な空間に、引き摺り込まれるかのように、落ちていく。
とっさに手を伸ばした先に、黒のグローブが見えた…

  

ラピスラズリ