40:必要な時間


  

その変わり様は見事なものだった。闘技場を一歩外に出たところで、またしても大きな歓声に包まれる。そのほとんどが当初は俺たちにブーイングをしていた奴らだろう。実力が物を言う世界なのだ、ということをまざまざと見せつけられた気分だが、そんなことに興味はない。
ドン・コルネオが用意した対戦相手をエアリスと共に撃破し、トーナメントは制した。その時に視線を上部の席へと向けると、嬉しそうな、安堵したような表情で微笑む名前が拍手を送ってくれているのが目に入った。だが、闘技場を出る頃には、その姿はどこにも見当たらない。会場スタッフだった男にマムが先に戻ったことや、後で店に来るよう言付かっていることを聞かされ、自然と足早に店を目指した。
店の扉を開くと、見るからに上機嫌なマムに迎えられる。

「来たね。お召替えの準備は整ってるよ。エアリスにはとびきりのドレスを用意するから、楽しみに待っときな」

話を聞きながらも、この場に名前の姿が見えないことに一瞬の不安を覚えた。そのほんの一瞬を敏感に察知したらしいマムがほくそ笑む様子にわずかに眉を寄せる。

「そんなに探さなくたって、ちゃんとここにいるよ」
「…何のことだ」
「名前だろ」

マムがそう言うとほぼ同時に、奥の部屋から名前の声が聞こえた。どうやらエアリスの着替えなどの準備をしていたらしい。

「名前、ちょっとこっちにおいで」
「……?はい」

呼び寄せられたことを不思議に思っているような、そんな声音だった。名前の姿が見えると、マムが改めて俺へと向き直る。

「さてと、話はここまでだ。早速エアリスの準備に取り掛かるからね」
「わかった」
「名前も、もうここは大丈夫だよ」
「……え?」

至極当然のように、名前もエアリスの準備を手伝うつもりだったのだろう。マムの言葉にキョトンとしているのが何よりの証拠だ。マムはそんな名前に小さく笑うと、彼女の肩をそっと俺の方へ押した。絶妙な力加減で、名前の体が俺の方へと一歩進み出る。

「あんたたちには、時間が必要なんじゃないのかい?」
「あ……」

まるで言葉を詰まらせるかのように何も言わないまま、チラリと合わされた名前の瞳はすぐに逸らされた。マムに心の内を読まれているようで少し癪ではあったが、この申し出は俺にとっても好都合だった。名前の様子がおかしいことには、随分前から気が付いているから。

「ここはいいから、今のうちに何とかしてきな」
「……………」

名前の様子からは突然の今の状況に戸惑いが見て取れた。エアリスに「そうした方がいいよ」と声をかけられても尚、固まっているように動かない。気が付くと俺は、名前の手を取っていた。

「行こう」
「えっ…クラウド…」

戸惑ったままの彼女を連れ、街に出る。とっさに取った手が振り払われることはなかったが、握り返されることもなかった。目的とする行き先がある訳ではない。何となく街を歩きながら、どう声をかけようか考えあぐねている自分に気が付いた。思っていることをそのまま、言えばいい。今までもずっとそうして来たし、取り繕ったり、気を使うのは性に合わない。そうは思いながらも、名前の前では何故かそれが出来なかった。

「…クラウド」

不意に、背後から名前の声が耳に届く。思わず足を止め、振り返ると真っ直ぐに俺へと向けられている金色の瞳があった。

「優勝、おめでとう…すごかった」
「ああ」
「……………」
「……………」

会話が、続かない。言いたいことも、聞きたいことも、たくさんあるはずなのに…
名前の瞳から目を逸らせないでいたその時、突然どこか明るい声が掛けられた。確かに何度かこの六番街スラムにいるのは目にしていたが、何故今のタイミングで話しかけてくるのか…

「あれ〜、アニキじゃないっすか」
「…だから、そのアニキっていうのは」

やめろ、と現れたジョニーに言おうとしていた矢先だった。ジョニーの視線が俺から隣にいる名前へと向けられる。その瞬間、何故か無性に胸の奥がザワつく感覚に襲われた。

「誰っすか?アニキにお似合いの綺麗な人っすね〜」
「お前には関係ない」
「アニキ…ティファともいい感じになってたのに、こんな綺麗な子とも…」
「だから、ティファは…」
「モテ男の秘訣は一体何なんすか!?」

知るか、そんなもの。
そう吐き捨ててやろうかとも思ったが、「興味ない」とだけ返すとジョニーは「そんなぁ…」と落胆したかと思えば、すぐに復活し、今度は名前に声をかけている。その内容など、別段気にするようなものでもなかった。突然話しかけられて困惑しているらしい名前にはお構いなしに、自分の自己紹介をし、「色々あって、アニキを慕ってる者」だとどうでもいい説明をしている。たったそれだけなのに、どういうわけか、とにかく…気に入らなかった。

「それにしても…珍しい色の瞳っすね。自前っすか?綺麗な貴女によく似合ってる」
「……え?」
「名前、行くぞ」

自分でも、もう少し不機嫌を隠せないものか…と内心思うほど、俺の態度は明らかだっただろう。理由なんてわからないまま、ただ、これ以上ジョニーの目に名前の姿を写したくない、と思う気持ちだけははっきりとしていた。
背後で「アニキ、また〜!」とおそらく手を振っているのであろうジョニーの声がしたが、振り向こうという気持ちにすらならなかった。こんな俺は異常だ。それはわかっているが…

「何だか、ちょっとびっくり」
「何がだ?」
「クラウドに、あんな明るい同性のお友達がいたなんて」
「そんなんじゃない」
「そうなの?」

すぐさま否定すると、手を引かれている名前が「ふふっ」と笑う気配がした。思えば、彼女が笑った声を聞くのは久し振りかもしれない…少なくとも、マムのところで保護されていた名前と再会してから、彼女がこんな風に笑うことはなかった。

「…名前」
「ねぇ、クラウド」

足を止め、振り向くと今度は2人同時に互いの名前を呼んでしまう。当然のように黙ってしまった名前に視線で先を促すと、金色の瞳がまた俺を見上げてきた。

「…どうしても、連れて行ってはもらえない、の?」

気が付いていた。名前が、ずっとそこに引っ掛かっているのだろうこと。
名前の、そんな悲しそうな顔が見たいんじゃない。だが、俺は首を横に振ることしか、出来なかった。

  

ラピスラズリ