42:結ばれた糸

  

「俺は、名前が好き、なんだと思う」

思いも寄らなかったクラウドからの告白に、しばらく呆然とした後、「…そんな曖昧な告白されたの、初めて」とだけポツリと返したのは覚えている。彼はそんなあたしにチラリと視線を向けながら「…悪かったな」と言って、元々近かった距離をさらに詰めて来て…
気が付けば、今の状況。背中には柔らかなシーツの感触、目の前に広がる古びた天井がうっすらと明かりに照らされていて、視界の端を尖った金髪の先が何度か掠めている。ここがそういう行為を行う場所だっていうのはわかっていたけど、あのクラウドとあたしがこの場でこうしていることが未だに信じられなくて、身動きもできなければ、声を発することもできなかった。首筋に触れていた唇の感触が離れていくのがわかって、顔を上げた彼とゆっくりと視線が交わる。オレンジ色の明かりにうっすらと照らされたクラウドの瞳が不思議な色合いを見せていて…思わず瞬きも忘れて見入っていると、彼はわずかに眉を寄せると静かに瞳を伏せ、顔を背けた。

「…悪い、名前…やっぱり、やめよう」
「え…?」

絞り出すように口を開いたクラウドに、あたしはキョトンとするばかり。大きな手があたしの手に合わせられて、指を絡めるように握られた。

「…時間を気にしながら抱くようなことは、したくないんだ」
「あぁ、そうだね…」
「……………」

無言のまま、顔も背けたままのクラウドが、わざとこちらを見ないようにしているのがわかって、慌ててわずかに緩められた着物の襟元を直した。ゆっくりとあたしの上から退けるクラウドに手を引かれて、あたしも体を起こしてベッドに腰掛ける形になったところで「いいよ」と声をかけると、ようやく碧の視線が戻って来る。
マムは「女の支度には時間がかかる」とは言っていたが、さすがに何時間も要する訳ではないだろう。ここに来る前にもアテもなく2人で6番街スラムを歩いていたのだ…それなりに時間は費やしていると思った方がいい。そろそろ、一度戻ってみた方がいいだろうか…
そう思いながらも、目の前のクラウドの瞳に魅入られてしまったかのように動けないあたしは、知らずのうちにポツリと呟いていた。

「クラウドは…優しいね」
「そうか?」
「うん、よく言われるでしょ」
「そう何度も言われた記憶はない」

「そうなの?」と聞き返せば「ああ」とだけ返事が返って来た。ほんの少しだけ考えるような素振りを見せたクラウドが「…名前に対しては、そうなのかもな」なんてわずかに微笑みながら言うものだから、たまらない。
一気に心拍数が上がったのがわかると同時に、あたしは無意識の内に目の前にいる彼の頬を両手でそっと包んで、触れるだけのキスをしていた。小さなリップノイズと共に唇を離すと、クラウドはそれはそれは驚いた顔をしていて…あたしが「クラウド?」と名前を呼ぶと、彼の頬が一気に赤く染まる。こんな反応をされるとは、思わなかった。これは、もしかして…

「…もしかして…初めて、だった?」
「……………」
「クラウド〜」
「…からかうな」

この反応は明らかに肯定だ。これは…びっくり。こんなイケメンのファーストキスをあたしがっ…!!そう思うと自分からしておきながら、顔から火が出るんじゃないか、と言うくらい頬に熱が集まってくるのがわかる。しかも、同じく顔を赤くしたままのクラウドがわずかに目を細めて、とんでもない一言を返して来た。

「…名前は違うのか?」
「えっ…」
「……………」
「…あぁ…えっと………あっ、でもっ…そういうコトは、あたしだってまだしたことないからっ…そのっ…」

…て、あたしは一体何を口走っているのか。頭の中はどこか冷静なのに、まさかの返しに余計なことまで口から飛び出てきた。ワタワタしているあたしを見てクラウドは少し笑って、「…そうか。それはよかった」なんて、また少し微笑みながら言うから、あたしの心臓はそろそろ止まるかもしれない、って割と本気で思ってしまった。
うるさいくらいに鼓動を刻んでいる心臓を持て余していると、クラウドがわずかに体を屈めて、あたしをそっと抱きしめてくれた。ほんの少し戸惑いながらも、ゆっくりと彼の背中に腕を回すと、抱きしめてくれている腕の力が少し強まったような気がした。その瞬間初めて、あぁ、夢じゃないんだ、って思えて…

「あたしも…クラウドが好き…」

…ようやく、言えた。
たった一言。だけど、あたしにとっては何よりも難しかったその一言。やっと言えた。
鼻腔をくすぐるクラウドの香りに安堵しながら、あたしはそっと瞳を閉じた。

  

ラピスラズリ