
「…あれ?」
扉が開く音に、てっきりお客さんが来たのだと思った。今マダム・マムは不在なのに困ったな…とか、少しの間なら待っていてもらえるようにあたしが時間を繋げられるかな、とか色んなことを考えながら「いらっしゃいませ」と言おうとした口からは「…あれ?」の一言しか出て来なかった。
店に入って来たのが、お客さんではなく、マダム・マム本人だったから、だ。蜜蜂の館にステージを見に行ったはずなのに、やけに早い帰りに首を傾げるばかりのあたし。マムはそんなあたしをちょいちょい、と持っていた扇子で呼んだ。ますます不思議に思いながらもその側へと近付くと、マムは何だかほくそ笑んでいるようで…
「もういいよ。店はあたしが残るから、今度はあんたが見に行っといで」
「え…ですが…」
「いいから。こんな面白いもの、二度と見られやしないだろうからね…見過ごすんじゃないよ」
「…はぁ…」
うまく状況が飲み込めないうちに、早く行けと言わんばかりのマムに店から出されてしまった。そういえば、エアリスも「あとで来て」と言っていたっけ…「きっと、すごいものが見られるから」…と。マムが出掛けたからには店番をしないといけないし、半ば諦めていたけれど、こんな形でチャンスが回って来るとは思わなかった。
「…蜜蜂の館、か」
話題には何度も上がるのに、直接行くのは初めてだった。確か、こっちだ。
店々の間を縫うように張り巡らされた細い道を通りながら、あたしは目にも眩しいネオンの明かりを目指していた。
その場所には、すぐに着いた。けれど、きっと、遅かったのだろう…蜜蜂の館からは次々と人が出て来る。見るからに、今のステージを観覧していた人たちだろう。すれ違う人々がみんなどこか興奮冷めやらぬ様子で「すごかった」なんて口にしているのが聞こえて来る。間に合わなかった…と思わず肩を落とした時、ふいに横から声をかけられた。
「名前!」
「っ…エアリス」
驚くあたしに、真っ赤なドレスのエアリスは「よかった、間に合ったね」と笑う。すでにステージは終わっているみたいだけど、間に合った?どういうこと?それに…
「あれ?クラウドは一緒じゃないの?」
「うん、全部うまくいったよ!そろそろ、出て来ると思うんだけど…」
そう言いながら、蜜蜂の館の入り口に目を向けたエアリスの瞳がパッと輝いて…その瞬間、走り出してしまった。呆気に取られていると、エアリスが走りながらあたしを手招きしているのが見えたから、とっさにその姿を追いかける。
でも、先に追いついたエアリスが話しかけたのは、輝く長い金髪に、光沢まで美しいドレスを纏ったあたしの知らない女性だった。彼女の元々の知り合いなのか、それともこの蜜蜂の館で仲良くなった人なのか…どちらにしても、あたしの出る幕ではない、と少し離れたところで足を止めた。それなのに…
「……え?」
エアリスは、そんなあたしをさらに手招きする。一瞬戸惑ったけれど、彼女に呼ばれてしまったら行くしかない。初対面だけど、あたしも挨拶をした方がいい、ということなのだろう。そう思って、意を決して2人に近付いた。
長い金髪の女性があたしへと視線を向けてくる。金髪碧眼、近くに行くとスラリと背も高くて、まるでモデルのような人だと思った。後ろ姿ですでに美しかったけど、その顔を見るとますます美しい人で、思わず言葉を失う。どう、挨拶をしたらいいだろう…そんな風に思った次の瞬間、その女性はあたしからふい、と視線を逸らすと小さくため息をつきながら瞳を閉じた。
「……………」
…あ、れ?今の仕草…
すぐ近くで、いつも見てきた気がするその仕草にものすごい違和感が押し寄せてくる。
「……………」
そう、“彼”がよくやる仕草だ。まさか…と思いながらも言葉が出てこない。もし違ったら失礼すぎるし…
悶々としているあたしと、何も話さないその女性とを交互に見ていたエアリスが「あ、そっか」と突然口にしたと思いきや、あたしと女性の手を掴んで、ぐいぐいと引っ張り、気がつくと蜜蜂の館から少し離れた路地の手前まで連れて来られていた。状況が読めない…本当に…
困惑するあたしをよそに、エアリスが笑う。
「さ、どうぞ。あそこじゃ、喋れないもんね」
「え…」
喋れない…?どういうこと…?さらに疑問が噴出したその時、すぐ隣からよく見知った声が聞こえてきた。「…エアリス」という、どこか呆れたような、少し非難を込めたような…この声、聞き間違えるわけがない。さっき、思った通りだ。
「っ…やっぱり…クラウドッ…!?」
「…何で、名前まで来たんだ」
「マ…マムに、面白いものが見られるから、行ってこいって…」
「……………」
美しすぎる姿になっているけど、片手で顔を覆って言葉を失っている様子はクラウドそのものだった。
「ふふっ、名前に見られたくなかった?」
「…当たり前だ」
「わぉ、いつになく素直」
「っ……」
女性の格好をしているから、声を聞かれるわけにはいかないのか、小さな声で絞り出すように「からかうな…」という声が聞こえてきた。クラウドの言葉を聞いたエアリスが「でも、名前は見たかったよね?」とあたしに向き直る。あたしの答えは、即答でYES、だ。こんな美しいクラウドを見逃したとなると、一生後悔する気がする。
「クラウド、すっごい綺麗」
「…嬉しくない」
「ううん、本当に!あたし、女としての自信なくしそうだもん」
そう言ったら、思いっきりため息をつかれた。いやいや、結構本気で言ってるんですけど…そう言い返したかったけど、後々仕返しされそうだったから黙っておいた。さらに、出来ることなら、写真の1枚くらい撮らせてもらいたかったけど、それも後々ただで済むとは思えなかったから、心の中で叫ぶだけにしておいた。
女装でここまで美しくなれちゃうクラウドはやっぱりすごい…彼(彼女?)の姿を目に焼き付けておきながら、その場に立つきっかけをくれたエアリスとマダム・マムには心から感謝した。
