
クラウドの女装にひたすら感嘆した後、ふと彼から「ここまで1人で来たのか?」と問われた。道が入り組んでいるとはいえ、マダム・マムの店から蜜蜂の館までは距離だけをいえば、かなり近い。何も考えずに「そうだよ」と答えたあたしは、突然険しい表情をしたクラウドに首を傾げる間も無く、手を引かれた。
「…送ってく」
「え?」
まさか、マダム・マムの店へ?ズンズン歩くクラウドに引っ張られながらも、2人にはこれからティファ救出という大きなミッションがあるのだから、と1人で帰ることを申し出た。けれど…
「この街の1人歩きは、お薦めできない」
「それは、わかってるけど…」
「だったら、送らせてくれ」
「……………」
美しすぎる女装姿のクラウドにそう言われると、改めて不思議な気持ちになった。これ以上声を周りに聞かれることに抵抗があるようで、それ以降クラウドは口を閉ざし、細い路地を足早に歩いていく。その時、隣に並んで来たエアリスに笑いかけられた。
「いいんじゃない?ちゃんと名前がマムの店に入ったのを確認しないと、クラウド、落ち着かなそうだもん」
ふふっと笑ったエアリスが「クラウドって、意外と過保護なんだね」と耳打ちして来て、思わず頬に熱が集まるのを自覚した。それと同時に、もうこれ以上心配をかけてはいけない。ティファを無事に救出して、彼らが戻って来てくれるまで、あたしはマムの店から一歩も出ないで、お手伝いに徹しよう…そう、心に決めた。
そんな決意をしている間に、マムの店にはすぐに着いた。今しがた心に決めたことをクラウドに伝えると「そうしてくれると助かる」と少し微笑んでくれて…そんな彼の表情にあたしも笑顔を見せていた。
「行ってらっしゃい。2人共、気を付けて」
「ああ」
「すぐに戻ってくるから、待っててね」
うん、と頷けばクラウドとエアリスも頷いて…マムの店の前で、2人の背中を見送る。きっと、すぐにティファも加えた3人で帰って来てくれる。迎えに来てくれる。そう思っていた次の瞬間だった。突然、目の前の景色が歪んだ気がして、慌てて目を擦る。再び開いた瞳は、足元の少しひび割れした道を映したまま、動かない。
それなのに、頭の中に次から次へと映像が流れ込んでくる。信じられない映像が…
「………っ……」
気が付くとあたしは、とっさに走り出し、クラウドの腕を掴んでいた。顔を上げれば、驚いた表情を見せる碧色の視線があたしに落とされる。
「どうした?」
「…クラウド……いま……」
この時のあたしがどんな顔をしていたのかはわからない。でも、只事ではない様子だったのは間違い無いのだろう。先を急ごうとしていたクラウドが、わざわざあたしに向き直り、わずかに上体を屈めてくれている。クラウドの瞳に自分が映り込んでいることに気が付いて、その時初めて、心臓が壊れそうなくらい早鐘を打っていることに気が付いた。
今のは、一体なに…?
頭の中に流れ込んで来て、見えた映像が今でもはっきりと思い浮かぶ。ただの白昼夢…?それにしては、やけにリアルで…もしも、この映像が本当なら、間違いなく大変なことになる。それだけは、確かで…
「名前?」
「……………」
じっとクラウドのことを見つめ返した。彼の視線に、無言のままもう一度「どうした?」と聞かれた気がした。間違いなら、それでいい。もしも、本当だったら…そのことの方が、怖い。
「あの、ね…」
「ん」
「おかしなことを言ってるって、思われる、かもしれないけど…」
「ああ」
「もしかしたら…もしかしたら、ね…七番街が、危ないのかも…しれない」
あたしの言葉に、クラウドもエアリスも「え?」と一瞬表情が変わったのがわかった。今こうしている間にも、さっきの映像が鮮明に蘇ってくる。あれは、一体何だったの…?悲鳴、逃げ惑う人々、あちこちで起こる火災、崩れたセブンスヘブンの看板…その瞬間でさえも、何度も頭の中で再生される。
「…どういうことだ?」
「あたしにも、何が何だか…プレートが落ちて…七番街スラムに…」
「何を、言っている…」
「わからないの…でも、頭の中に流れ込んでくる」
ふるふると頭を振ったところで、記憶として残ってしまった映像はどうやら消えないらしい。うるさいくらいに鳴っている心臓は、そろそろ壊れてしまいそう。何とか落ち着こうと大きく息を吸った時、肩に触れる温かい手に気が付いた。今はグローブを外しているクラウドが、そっとあたしの両肩に手を置いて、顔を覗き込んでいて…
「名前、大丈夫だ」
「…クラウド」
「この近くで、以前プレート建設中にそんな事故があったらしい」
「そう、なの?」
「ああ。だが、プレートが完成した今、もうそんな事故は有り得ない」
プレートの建設中にそんな事故があったことすら、あたしは知らなかった。どこか腑に落ちない気持ちではあるけれど、クラウドの「大丈夫」には妙な説得力があった。少しずつ、あたしの中での混乱が収まっていく。突然頭に流れ込んで来た映像だったのだ。その信憑性だって定かではないし、本当に白昼夢だった可能性だって十分にある。
こんなことで、不安になってはダメだ。そう自分を奮い立たせて、もう一度クラウドと正面から目を合わせる。
「ごめんね…なんか、動揺しちゃって」
「いや。コルネオと片が付いたら、すぐに戻ってくる。今晩中には何とかなるだろう」
「…うん、わかった」
静かに頷くと、クラウドは小さく笑って、あたしの頭をポンポンと撫でると踵を返した。クラウドとエアリスの背中を見送って、あたしは小さく息を吐くと、店の扉を開きマダム・マムに戻ったことを告げた。今も、少しだけ残る心臓の鼓動の主張と、嫌な予感を振り払うように、あたしはただただ仕事に没頭した。
この後、最悪の訪問者があることなど、知る由もなく…
