47:訪問者


  

「……っ…」

顔に水滴が落ちたらしい。その小さな衝撃でふと目が覚めた。
見慣れない光景の中に身を置いているらしいことを確認した次の瞬間、同じく倒れているエアリスとティファに気が付いた。とりあえずの安全を確認してから、ゆっくりと歩み寄ると静かに声をかける。

「エアリス」
「…クラウド…」

起き上がったエアリスの視線は、辺りを見回して、もう一度俺へと戻ってきた。

「早く、七番街に行こう?」
「ああ」
「…名前のこと、考えてる、よね…?」
「…ああ」

もはや、隠したところで無駄だと理解している俺は、素直に頷いた。ふと俺からそらされたエアリスの視線を追いかけると、その先には今も倒れているティファの姿がある。ティファも起こさなくては…そう思って、1歩踏み出そうとした瞬間、エアリスがまた口を開いた。
その声は、わずかにだが抑えられていて、さっきの彼女の視線はティファがまだ覚醒していないことを確認していたのだろう、と気が付いた。ティファに聞かれないよう配慮するような話題など、1つしか思い浮かばない。

「…知ってたのかな…このこと」
「いや、有り得ない」

やはり、エアリスにはあの時の名前の訴えが聞こえていたらしい。すぐに否定した俺を真っ直ぐに捉えているその瞳からは、どこか腑に落ちない様子が見て取れた。

「でも、先にウォールマーケットに、いたんだよね?」
「俺も考えたが、いくらマダム・マムのところに居たとはいえ、あの短時間で得られるようなレベルの情報じゃない」
「…そう、だよね」

俺も、エアリスも、少ない言葉の端々から戸惑いが漏れていた。今回のとんでもない計画と、名前。どこかに繋がりがあるらしいことはわかっているのに、その取っ掛りすら掴めない。俺は小さく息を吐くと、再びエアリスと目を合わせた。彼女には、名前が違う世界から来たことを断片的に話してある。さっきから俺の胸の中で引っかかっているこの内容を話しても、問題はないだろう。

「こっちの世界で、というより、向こうの世界で何かあったんじゃないか…」
「…何か、って?」
「わからない。だが、そう考える方が自然だと、今は思ってる」

ティファの方へと足を進めながら「思い当たる節があるんだ」と付け加えた。以前、向こうの世界でひどく取り乱しながら俺に何かを伝えようとしていた名前の姿が脳裏に浮かぶ。あの時は、その直後に2人で再びこっちの世界に戻ってきてしまい、何故か名前は俺に訴えようとしていた内容を綺麗さっぱり忘れてしまっていた。あれだけ取り乱して、尋常じゃない様子だったのに、だ。
不思議と、その時の名前と、今回の名前の様子が俺の中で重なっていた。あの時も、今回も、俺は後悔してばかりだ。ちゃんと、話を聞いてやればよかった…と。

「とにかく、名前抜きで話をしていても、結論は出ない」
「そうだね。早く七番街を何とかして、迎えに行ってあげなきゃ」
「ああ」

エアリスの言葉に頷きながら、ティファに声をかける。コルネオのところでティファと合流し、そのまま館を出る予定が根底から狂ってきている。この場所だって、コルネオに落とされたと考えるとロクな場所だとは思えない。ここからの脱出…そして七番街もヤツの言葉が真実なら、急いでやるべきことは多い。
心底、やはり名前をマダム・マムのところを置いてきて正解だった、と人知れず安堵した。あそこなら、彼女に危害が加わることはないだろう。

「…クラウド」

ゆっくりと目を覚ましたティファの無事を確認して、先を急ごうとした途端、巨大な化け物が奥から姿を現す。バスターソードで斬りかかりながら、俺の見込みが完全に甘かったことなど、考えもしなかった。




「……………」

マダム・マムに代わって受付に立ちながら、ふと時計に目を向ける。クラウドとエアリスが出掛けて行ってから、もう数時間は経った。首尾よく進んでいるだろうか…ティファは無事だろうか…2人とも、怪我などしていないだろうか…コルネオはその権力に物を言わせて、館にも自分の息のかかった強者を大勢置いていると聞く。
クラウドの強さを思えば、心配すべきところではないのかもしれないけれど…ふぅ、と小さく息をついて、嫌な考えを振り払おうとした。クラウドは、ティファを助けたら迎えに来てくれる、と言っていた。ならば、あたしも自分の出来ることをしっかりやらないと…気を引き締めながらもう1度時計へと視線を投げる。
この六番街スラムの特色とも言おうか、この店も夜遅くなるにつれて客が増えてくる。楽しい時間を過ごして宿場へと戻る前にマッサージに寄る者もいれば、休憩中に疲れと凝りをほぐしに密かに訪れる蜜蜂の館のお姉さん方もいる。ここで待たせてもらう以上、仕事はしっかりやらなくちゃ…
そう思って、1人小さく頷いたその時だった。正面の扉がゆっくりと開かれる。

「いらっしゃいま…せ…」

お客様だと思って顔を上げたあたしだけど、すぐに全身の血が引いていくのがわかった。客じゃ、ない…たぶん…説明なんてできないけれど、何故かそれは確信にも近い思いだった。

「邪魔するぞ、と」

ニヤリと笑いながら靡く赤毛を見て思った。この人は、やっぱりあたしが最も苦手とするタイプの人間だ…って。

  

ラピスラズリ