
……私にとって、“神羅”は世界の全てだった。
それは、本当に言葉の通りで、物心ついた時にはもうココにいた。どこで産まれたのか、私にも両親はいるのか。疑問に思ったことは何度もあったけれど、誰に聞いても答えが返ってくることはなくて…いつしか、疑問を持つことすら忘れてしまったように思う。
ココから出ることも許されていない。本当に、私の世界は神羅だけ。
「……っ……!」
巨大な窓ガラスの前で、眼下に広がる数え切れない程の明かりを見ていた時、突然肩にポン、と手を置かれて思わず体が飛び上がった。慌てて振り向くと、私と同じくらい驚いた顔をしたその人がいた。薄暗いスカイフロアの中でも、その人の深い空色の瞳は綺麗に輝いていて、無意識にほぅ、と息を吐く。
「…何だ、___か…びっくりした…」
「ワリ…名前呼んでも、聞こえてないみたいだったから」
そうだったのか…全然気が付かなかった…謝る私にその人は小さく笑って、隣に並んで来た。
「何か見えんのか?」
「ううん…ただ、楽しかったなぁ、って思い出してた」
「それはそれは、喜んでもらえて何より」
そう言って笑ったその人に、私がこのスカイフロアにいるのは珍しい、と言われたけれど、基本的にこの神羅ビル内であれば、ある程度の自由は許されている。朝と夜、1日2回の検診と状態チェックを欠かさず受けていさえすれば、ビル内のどこに行こうとお咎めなしなのは、もう何十年も前から変わらない。もちろん、カードキーを持っているわけではないから、入れないところも多いのだけど…
そうやって、この会社の移り変わりを見て来た。会えばまるで父親のように振舞ってくれたプレジデントは、会社が大きくなるにつれてどんどん厳格になっていき、子供の頃から遊び相手だったルーファウスはすでに副社長となり、日々忙しくしている。そういえば2人には、もう何日も会っていない。
上層部と呼ばれる部署にふらりと遊びに行っても、今まで誰にも咎められることはなかった。…というより、一般の社員の間には、私の存在は知らされていなかったらしい。ビル内を自由に動き回っているとはいえ、扉のロックを駆使して私の行動範囲はコントロールされていたようだ…そのことも、今隣に並ぶこの人がもたらした情報によって、私は初めて気が付いた。自由を許されているようで、やっぱり私に自由はないらしい。
チラリ、と隣を見ると、その人の空色の瞳と目が合った。
「…怒られたでしょ?」
「いや、別に?」
「うそ」
そう言いながら、ジッとその人の瞳を見上げていると、ハハッと声と共に笑った顔が目に入る。この人の、“外”の話が好きだった。眼下に広がるミッドガルだけが世界の全てではない、という概念を初めて教えてくれた人。ミッドガルの外には、草原や森があって、そこには数え切れないほどの木や草が覆い茂っているらしい。海、というものには終わりが見えないくらいたくさんの水が集まっていて、太陽が当たるとキラキラと光るそうだ。
そんな、彼の話を聞いているうちに、外への憧れが強くなるのは当然の流れ…だったのかもしれない。私のそんな思いを知った優しい彼は、この前一度だけ、私を外の世界に連れ出してくれた。隠れるように神羅ビルを抜け出して、ミッドガルからたった数歩だけど…初めて、外に出た。私にとっては、一生忘れることのできない大冒険だった。
「あの後、すぐに私を連れ出したことがバレたって聞いたから」
「…誰から聞いたんだ?そんなこと」
「宝条博士」
私が口にした名前を聞いて、その人は観念したように片手で顔を覆って、小さくため息をついた。
「あ〜、まぁ…それなりに、な」
「ごめんね…私のせいで」
「名前が謝ることじゃないだろ?俺が、名前に外を見せてやりたかったんだから」
「いいんだって」と笑って、その人は頭を撫でてくれた。私の方が年上なのに、私の知らないたくさんのことを教えてくれるこの人のことを…いつしか私は、兄のようにすら思っていた。
「トレーニングメニューは増やされたけど、安いもんだぜ。俺、体動かすの嫌いじゃないし」
「ありがとう」
明るい性格のこの人に、私は何度救われたかわからない。
「けどなぁ…普段任務以外のことには一切関わらないセフィロスにまで説教されるとは思わなかったな…」
「そうなの?セフィロス、たまにお花くれるけど」
「はっ…?あのセフィロスが?」
「うん」
目の前の彼ほど頻繁ではないけれど、任務で出掛けた時に、セフィロスも“外”を持ち帰ってきてくれて…嬉しい気持ちをたくさんもらっている。そのことが、この人にとっては相当な驚きらしい。
「あいつ…普段はソルジャー司令室に篭ってるくせに」
「………?」
「名前も花、好きなのか?」
「うん、外の香りがするから好き」
「そっかぁ」
少し考える素振りを見せたその人はもう一度私に目を合わせてきた時、今までとは違う…すごく優しい瞳をしていて…
「今度、俺も花持ってきてやるよ。花屋の知り合いが出来たんだ。この前、花売りのワゴンを作ってやったんだぜ?」
「へぇ…楽しみ」
「期待して待ってろよな!」
そう言って笑った彼につられるように笑顔を見せた私は、知らなかった。この前、私を外に連れ出してくれたことによる重い代償を彼が負っていただなんて。本当は、こうして私と接触することさえ禁じられていただなんて。
“ソルジャー1ST”という特別な地位にいる彼は、それでも大目に見てもらっていた方らしいけれど、今こうしている瞬間でさえ、許されたものではなかったのだ…と、後になって知らされた。私は、彼に甘え過ぎていた…のかもしれない。
地下水道を抜け、今度は列車墓場に迷い込んだ。ここを抜けなければ、七番街スラムには辿り着けない。逸る気持ちを抑えつつ、列車墓場を進んでいると、エアリスが“黒い風”に攫われた。目の前から忽然と姿を消したエアリスを探している俺の目に、予想もしない姿が飛び込んできて、思わず足を止める。
「……名前…?」
長い髪、太陽色の瞳。特徴は一致しているのに、どこか違和感を感じるその姿は、笑顔で嬉しそうに俺の方へと駆け寄ってきたかと思えば、そのまま俺の体をすり抜けて…誰かに、声をかけている。霧の向こうにいる相手は見えないが、俺とよく似たソルジャー服を着ているのだけはわかる。
「……………」
声は聞こえない。唇の動きで何を言っているのか読もうとした瞬間、また頭痛に襲われた。頭を押さえ俯いた時、今更のように違和感の正体がわかった。目の前で見ている名前の姿は、俺が知っている彼女よりも、年齢を重ねているように見えるのだ。彼女の母親…なのだろうか?いや、そう考えるにはあまりにも顔が似過ぎている…
そこまで考えた時、ティファの「エアリス!」という声が聞こえてハッとした。その瞬間、頭痛は消えて無くなり、名前と“誰か”の姿もその場から消えていた。
座り込み、俯いているエアリスの後ろ姿に、俺は駆け出していた…
