07:彼の世界


  

目の前には、信じられない光景が広がっていた。

とっさに、クラウドに助けを求めてしまった。
知らない世界に放り出された中で、唯一の顔見知りだったから…
藁にもすがる…とはまさにこのことだ。
今思えば、ただ似ているだけの人かもしれないし、あのクラウドと同一人物とは限らない。
だけど、そんな考えにも至らないくらい、状況はパニックだった。

「……………」

眼前に広がる、あまりに現実離れしたその光景に、ズルズルとその場に座り込む。

「…何してる」
「腰が…抜けました」

背中に剣を収めながら歩み寄ってきたクラウドが、呆れたような表情を見せる。
いつもなら言い返したいところだが、そんな言葉は頭から消え去ってしまったらしい。

「うそ…4人、倒しちゃった…」
「こんな奴ら、どうってことない」
「……………」

クラウドって、こんなに強かったの…?
あたしの頭を悩ませる原因だったあの剣だって、本物だったんだ…と、今更ながら驚くことばかりだ。
目の前に立つクラウドと、奥で倒れている男たちを交互に見やり、あたしはまだ動けないまま。

「とにかく、場所を変える」
「え…」
「こいつらが起きたら、また面倒だ」

…それは、確かに…
十分理解もできるし、その通りだとは思うけれど、とにかく今のあたしは腰が抜けている。
歩けないんですけど…と細々伝えると、クラウドの眉が寄せられたのがはっきりとわかった。

「少し移動するだけだ。担がれたくなければ、頑張れ」
「そんなぁ…」

そう言いながら、腕を掴まれてグイッと立たされる。
クラウドとのやり取りに、無意識ながら少し安堵していたのか…意外にも立たされた足にはしっかりと力が入った。
大丈夫だ、少しなら歩けそう…
コクリ、と頷くあたしを見て、こっちだ、とクラウドが先導する。
倒れている男たちからは時折呻き声のようなものが聞こえてきて、あまり見ないように、なるべく足早に立ち去った。

何度目にしても、見慣れるはずのない街並み。
そこに生活する人たち。
何を見ても、戸惑いの連続だった。
クラウドはそんなあたしを連れて少し歩くと、ふと足を止めて客足もまばらなその店の壁にもたれ掛かり、腕を組む。

「で…何でアンタがここにいるんだ?」
「それは、クラウドだって…」
「ここは俺が元いた場所だ」

その言葉に、あたしは驚くしかなかった。
会話の中で今目の前にいるクラウドと、あたしの部屋に突然落ちて来たクラウドが同一人物であることは、もう疑いようがない、と言うことはよくわかった。
じゃあ、クラウドは戻ってきた…ということだろうか。
…あたし、もろとも??

「アンタがここにいること…説明がつかない」
「そんなこと言われても…ここにいることは間違いないんだし、あたしだってわからないことだらけで…」

大変だったんだから、右も左もわからなくて…と告げると、クラウドはだろうな、とだけ呟いた。

「アンタのいた世界とここじゃ、違いがありすぎる」
「うん…クラウドの言ってたこと、本当だったんだなって、今更反省してる」
「……………」
「さっき街の外に出ようとしたら、外にはモンスターがいるからやめておけって止められたんだ。モンスターってよくわからないけど、危ないものなんでしょ?」
「あぁ」
「だったら、クラウドがあっちで剣を手放すことにすごく抵抗を示したのも、なんかわかるなぁって…」

ふぅ、と息を吐くクラウド。
小さな店の横でひっそりと会話を交わすあたしたちのことは、誰一人気にかけていないようだった。
すぐ目の前の通りをたくさんの人が通り過ぎていくのに、足を止める人は誰もいない。
みんな、日々の生活を営んでいる証拠だ。
まるで、あたしたちだけがそこから切り取られてしまったかのようだ…と思った。
少なくともあたしにとっては、日常ではない全てが、目の前にある。

「それと、さっきはごめんなさい、巻き込んじゃって」
「いや」
「本当に助かった…ありがとう」

そう言うと、クラウドの瞳がゆっくりとあたしに向けられた。
高い位置で空を遮っている金属の天井のようなものの隙間から差し込んだ光で、クラウドの瞳が明るく照らされているようだ。
青にも、緑にも見えるそれに、素直に綺麗だな、と思う。

「…あいつらは何だ?」
「知らない。ここをウロウロしている間に確かに何度もバッタリ会って…勝手に言い掛かりを付けてきただけだもの」
「スラムの治安が良いとは言えない。そんなところをウロついているからだろ」
「…それは、反省してる」

気が付くと見ず知らずの場所に来ていたのだ。
知り合いと呼べる人もいない。
何なら言葉が通じるかどうかだって、わからない。
そんな状況で出来ることといえば、自力で情報を集めることくらい…だと思う。
まぁ、そのおかげでおかしな因縁を付けられるハメにもなったが、クラウドと再会もできた。
申し訳ないとは思うけど、今のあたしに頼れるのはクラウドただ1人…だ。
とりあえず、これからどうすべきかクラウドにも相談しよう。
そう思っていた矢先…だった。
ふと、あたしをジッと見てくる碧の瞳に気が付いて…

「…なに?」
「その瞳は…どうしたんだ?」
「…え?」

あたしの目…?何が…??
何を聞かれたのか一瞬わからなくてキョトンと返せば、彼はまたため息をついた。
少し考えているらしいクラウドからの返答を首を傾げて待つ。

「…こっちだ」

どうやら、また歩くらしい。
待ってよ、と言いながら慌てて追いかけたが、体はすっかり安心を取り戻したようで…
さっさと先に進んでしまうクラウドの後を小走りで追いかけた。

  

ラピスラズリ