おとぎ話は不自由なんだよ

カタカタとパソコンを操作しながらも、なんとなく考えてしまうのは此の前の中原幹部のこと。
あの真逆の男前っぷりに、なんでか判らないけど時折ふっとあの時の後姿が思い浮かんでしまうのである。

「なんだか上の空ですねぇ。進歩はどうですか」

伊井田さんにそう話し掛けられて、ふ、と意識が戻る。

ああ、いけない。どうやらぼうっとしていたらしい。
一昨日から散々睨めっこした画面を見て、少し考えてから口を開いた。

「リスト化はほぼ完成しました。今は最終チェック中です。此の後出力しますんで、そしたら提出します」
「よろしい」

過去五年という期間は中々に長い上に、その間に少しいざこざがあったからデータを遡りにくかった。
けど、其処ら辺も丁寧に掘り起こしていけば、まぁ誤魔化しやら改竄されたっぽいデータのあることあること。
実際に使用された金額と記録に残っている金額やらなんやらを全て照らし合わせてみれば、割と膨大な数字が動いているのが判ってしまった。
つまりは、大掃除が始まりそうな予感である。

プレビュー画面を見ながら、この枠もうちょっと狭めた方が紙の枚数減らせるな、と調整なんかをしつつ。
目出度くも此度ご臨終あそばされる予定の皆様方を流し見して、心の中で合唱した。
悪い事考えるからこうなるんだぞ。
来世は真っ当に生きろよ。

「伊井田さん、無駄口叩いてもいいっすか」
「手を止めないんでしたら佳いですよ」
「では早速。此度中原幹部が格好いいことに、不肖山田、気付いてしまいました」
「おやまあ。それはそれは……異能が原因で?」

伊井田さんの視線がペン入れに刺さっている体温計に移ったのを何となく視野に入れつつ。
私は首を振りながら、"多分異能の所為ではなさげ"とアピールした。
あの異能独特の、頭がこう、ぼやける感覚は今のところない。

「いやぁ、私この前、A幹部に絡まれたじゃないっすか」
「ああはいはい。そんなことありましたねぇ。因みにその件については首領から厳重注意が下ったそうなので、暫くは問題ないでしょう」
「あっよかった〜〜。あのタイプの人って結構粘着質で……ってそうじゃなくて」

えふん、と特に意味もなく咳を一度してから、再度言葉を考え直す。
違う、違うのだ。別に今は、A幹部の悪口を云いたいわけじゃあないのである。
──いやまあ、云いたくないわけでもないんだけど。

「その時に中原幹部に庇っていただいたんですけど……それがまァ格好佳くて。私基本他人に興味ないタイプなんで今まで全く気にも止めてなかったんですけど、実は中原幹部って格好佳い感じの人ですか?」
「実はってなんですか実はって」

私の言葉に、伊井田さんは呆れ気味だ。
いやだって、今までは本当にいつもおしゃんてぃーな格好してるなくらいで"格好佳い"とかは思ってなかったのである。
つまりアウトオブ眼中だったのだ。
故に今、新鮮みが物凄い。

そんな私に、伊井田さんは再度呆れたように息をして。
そうして、一寸困ったようにこう云うのである。

「……前々から思ってましたけど貴方も大概失礼な人種ですよねぇ。駄目ですよ? あんまり素直にそう云う事他で云っちゃ。時と場合によっては顰蹙買いますからね」

大丈夫判ってる。
伊井田さんくらいにしかこんなこと云わないし。

なんて思いつつ、伊井田さんのことを見詰めていれば。
伊井田さんは伊井田さんで、ふむ、と少し考える素振りをした後に口を開いて往くのだ。

「そうですねぇ。中原幹部は……部下から慕われるタイプの人でしょうね。人情に厚い人なので体育会系と思いきや、割と行動では理系なとこもありますし。根性論だけで物事を動かすタイプではないでしょうね」
「つまり割とこう……周りをきちんと見てるってことですか?」
「彼を教育したのが尾崎幹部と云えば、何となく察しはつくでしょう」
「あ、ああ〜〜なるほど」

尾崎幹部と云えば、ポート・マフィアきっての"根回し屋"。
懐が広く人情に厚く、物事をこなす際にきちんと地盤を固めてから動くタイプで。
このポート・マフィアの中でもかなり当たり、、、と呼ばれる部隊の長をしている。

なんたって、彼女のとこ、荒事任務での死亡率他よりもだいぶ低いからね。
なんというかこう、部下の無駄死には許さないタイプの御仁である。

其の尾崎幹部に教育されたと云う事は、彼女の精神を幾ばくかは受け継いでる可能性が高い。
詰まりは、部下に対して人情厚く、捨て駒扱いしない上司と云う事で。
其れは此のポート・マフィアに置いては、かなり"善い"上司に当たるのである。

「……私の目って節穴だったんですねえ」
「ですね。今まであれほど接して置きながら微塵も興味を抱かないって、なんなんですか貴方。其れでも年頃の娘ですか?」
「年頃の筈なんですけどね〜〜。なんかこう、此処じゃ恋愛=イコール弱み、みたいなトコあるじゃないっすか。こう、どっから色々漏れるか判んないと云うか、何処で足引っ張られるか判んないって云うか」
「まあ、マフィアなんて基本が足の引っ張り合いですからね」

──うん、誤字も脱字もない。
Excelのチェックを終えて、データを印刷機へと飛ばす。
すると数秒の後に印刷機が動き出すから、私はクリップを二つ掴んで印刷機の前でスタンバイする。

伊井田さんは資料はバラして使う派だから、ホチキスで留めない方が佳いのである。
逆に梶井さんはバラすとたまに無くしたりするから、容赦なくホチキスで留めなきゃいけない。

ごうんごうんと動く機械を見ながら、一枚一枚吐き出される紙を惘乎ぼんやりと見詰める。
どれだけ簡素にまとめても、結局合計枚数27枚となった資料は、中々印刷し終わらないのだ。
でもまあ此れで両面印刷なんてしてたらもっと時間がかかったから、資源的には優しくないけども片面にしといてよかったけども。

もう一寸待ってから立てばよかったな、と若干の手持ち無沙汰感に気後れしていれば。
ああ、と伊井田さんが、なにやら思い出したようにこう呟いた。

「そうだ山田さん、貴方、今日の15時に"茶会室"へ往くことになりましたよ」
「え゛っ」

──え?
真逆にも程があるその発言に、阿呆面を晒しながらも伊井田さんのことをまじまじと見てしまう。
いやだって、でも、此の人今なんていった?

どうか聞き間違いであってほしい。
そんな願いも空しく、伊井田さんはある意味死刑宣告のようなことを発言するのである。

「首領が──いえ、エリス嬢、、、、が、貴方の掛かった異能に大層興味を示されているようです」
「あ、あー……」

それは、しゃーないわ。
機械音と共に最後の一枚を吐き出した印刷機から、やっとこさ刷り終わった印刷物を取り出して。
其の二ヶ所をぺぺっとクリップで挟み込み、其の儘伊井田さんの仕事机へと持っていく。

「依頼されていた資料で〜す」
「はい、確かに受け取りました。通常業務に戻ってください」
「はぁい……」

現在は、13時を過ぎる頃。
ああ憂鬱だなぁと思いながら、次の仕事を終わらせるべく積まれたファイルへと手を伸ばすのだ。




茶会室と云うのは、まぁ字面からわかるように"お茶をするお部屋"である。
だけれど、其れを使用できるのは上層部の人間のみな訳で、其の下の下級やら中級構成員は個人的な使用はまず許されない。
勝手に使おうものなら、なに遣ってんだお前と云われる前に撃ち殺されるはめになるだろう。
マフィアと云うのは基本的に言葉が足りない人種が多いのである。

そしてその上層部と云っても、結局使う人間と云うのは固定化されるわけで。
基本的には尾崎幹部とかが遣っているんだけれど──。

今回は、それが"エリス嬢"と来たのである。

エリス嬢。
其の一切が謎に包まれている、首領の傍に居て、首領に暴言を吐いて、其れが首領に耳を疑うほど悦ばれてる金髪碧眼オールウェイズフリルドレスの美少女。
噂によると毎日完璧に着こなしているお高そうなドレスは全て首領のご趣味及び個人所有物なんだとか。

正直毎日美少女着せ替えて悦に浸る中年って其れだけでもヤバイのに、其所にマフィアのボスと云う肩書き付くと更に大変やばくなると思うのは私だけだろうか。

と云うかあの美少女、私が入った時から一向に歳を取ってる様子が見られないんだけれど、真実ほんとうになんなんだろう。
真しやかに囁かれる"実は高性能アンドロイド説"の信憑性がどんどん増していく。

いや、アンドロイドに罵倒されて悦ぶんだったらちゃんと人間に罵倒されて悦んでいて欲しいんだけどね。
人間でもないものに御執心とか、一寸こう、一寸かなり、個人的にボスとしては厭である。
だってマジで寂しいお人形遊びじゃん。

「……はぁ」

ひとつ重っ苦しい息を吐いて。
そうしてぱっと顔を上げ、意を決して固い扉に二、三度手の甲を軽く打ち付ける。
コンコン、と我ながら高く響く音を出せたなぁとか思いつつ、騒がしくない程度に、声をぐっと張り上げた。

「梶井部隊、山田です」

意外や意外、扉の周りには此れと云った警備員的な人間はいなくて。
中に控えてるんだろうかと思いつつ、向こう側の返答を待っていれば。

「──入りなさい」

此処に勤めていても、中々拝聴することは叶わない声が聞こえて、背筋が冷えると共にすっと伸びる。
正直今すぐUターンして帰りたい気持ちしかないが、んなこと勿論出来ないので、緊張しすぎで段々キリキリ胃が引きつまる感覚を覚えつつ、私は扉に手を掛けるのである。

「失礼いたします……」

ギィ、と軽い音を立てて扉は意図も容易く開いていって。
其の先に写る光景に──私は最早条件反射のように目を閉じるのであった。

いやだって。

「あ、ダメよ! なんで目を閉じちゃうの!」
「アレは意外と警戒心が強い娘ですからね」
「ええ〜〜! 詰まんない詰まんない! カジイ! 早く命令して目を開けさせて!」
「……だそうだ。山田、目蓋を開き給え」

──梶井さぁ〜〜〜〜ん!!!

其所にいたのは、我らが上司梶井さんに、エリス嬢。
そして先ほど声を聞いた首領と、噂に華々しい尾崎幹部。
んでもって、んでもって真逆の、マジで真逆の──中原幹部が、いらっしゃって。

何方もこう、いや中原幹部以外なんというかこう、にやにやにこにこ、各々面白そうに、私見つめているわけでありまして。
──詰まりこれ、見世物だろ。

真逆の上司の裏切りに、信じてたのに!だなんて三流小説に佳くある台詞がぱっと浮かぶも。
然し悲しいかな、結局社畜であるが故に、拒否するという選択肢すら持てずに従うことしかできない。
あんだが!わたしに!中原幹部と目を合わせんなって云ったんだけどね!!!

「そうよ、佳い子ね。其の儘こっちにいらっしゃい」

──この美少女、相変わらずすげぇ命令しなれてやがる……。
最近の幼女って皆こうなのかな、と思いつつ、余りに当然と云わんばかりに投げ掛けられた"支配者のそれ"に、素直に近づいていく。
なんだろう、なんというかこう、跪いても仕方ないオーラだしてるよ此の子。

流石は首領の秘蔵っ子。
あれだわ潜在的な女王様の才能が凄い。

んでもって視界に写るものすっっっごく気まずそうに俯いている中原幹部の姿に、もうこっちも気まずさがヤバイ。
それだけでなにが起こるかなんて、いや、もう、もう察しつくわ〜〜も〜〜〜〜。

わかってる大丈夫判ってます!
断りきれなかったんすよね判ってます!
だって私たち社畜だもの!大丈夫理解してます!
だからそんな死にそうな顔しないで中原幹部!!
貴方はなにも悪くない!!!
そんで私もなにも悪くない!!!!

「……失礼します」

辛い死にそう。
此の先で社会的な死が待っている。

顔を伏せる中原幹部に習うように、私も私でなるだけ中原幹部の顔をみないようにして。
そんでもって、いっそ此の儘消えてなくなりたいと云わんばかりの最小限の動きでエリス嬢の元に近付けば。
必然的に私のことを見上げることになるエリス嬢は、然しそんな私に不思議そうに不満そうに瞳を瞬かせてこう云うのである。

「……? なにをしているの? 早くチュウヤを見て。ちゃんと瞳を見るのよ」

──も〜〜マジでご無体〜〜〜!!

マジかよ此の幼女、マジでやれって云ってんのかよ此の幼女。
否判ってたけど。判ってたんだけど!

然し此処でだんまり決め込んでも待っている未来は射殺だけなわけで。
段々と引き攣っていく表情筋を肌で感じながら、それでもへったくそな笑顔を向ける。
だって其れしか出来ない。なんたって、私は社畜。

「あのですねエリス嬢、わたくし情けなくも敵の異能に掛かっておりまして……。中原幹部の瞳を拝見しますと大変お見苦しい醜態を御前にさらしてしまう事になってしまうのですが……」
「? それが見たいのだから佳いのよ」
「……あぁ、はい……そうですよね…………」

え、マジで?

そう云う意味を込めて此方を観察している梶井さんを見てみるけど、なんも云わずに手に診察表っぽい物を持ったまま無言を貫きやがってる。
扶けてあげようとか云う上司の心遣い的なものは悲しいことにまっっったく伝わってこない。
寧ろあれだ、とっとと遣れって思ってる。あれ絶対思ってる。

ええ、マジで?
此れマジで私幹部の前で醜態さらせって云われてる?

心なしか、梶井さんの横にいらっしゃる尾崎幹部とエリス嬢の隣にいらっしゃる首領もこう、なんというかこう、ワクワクした顔を私に向けていて。
自分が完全に見世物、、、でしかない現実を、マジでもう如何しようもないレベルで物語っているわけで。
つーかマジで動物園のチンパンジーでも見てる気分なんだろうな。つっっっら。

──だから本気で来たくなかったんだよなぁ。
判ってた。正直マジで此の展開判ってた。
もう普通に縁がない此の部屋に呼ばれた段階で察しはしてた。だからめちゃくちゃ厭だったわけだし。

もう此れどうしよっかな。
こうして呼び出された時点で此の方々は私の状態を御存じな訳で、だから此の先私がどんな状態になろうが多分"仕方ない"と受け止めていただけるんだろう。
うんきっとそうだ多分。此れで無礼とか色目遣ってるとか云われたら流石に怒る権利があるはず。

ああうん此れもうしゃーないべ。

「……此の先私が何を云っても、其れは正気ではないことをご承知のほどお願い致します」

ゆっくりと視線を上げていけば、まあエリス嬢の嬉しそうなこと。
判りやすくはしゃぐ美少女の姿に、此れ亦判りやすく表情を弛める首領の姿は完全に通報もののロリコンで。
首領って噂通りマジでロリコンなんだなぁと思いつつ、私は此れ亦此方に向けて視線を持ち上げてくださってる中原幹部の方を、ゆっくりと見詰めるのである。
気分は氷河期チベットスナギツネ。

恐らく心の内で何事かを思っているんだろう其の瞳に、如何しようもない共感と同情心を懐きながら。
そうして、私の視界に、青はとろり、、、と蕩けて滲んでくのだ。

ああもう。
どうせなら、理性がある儘見たかったっつの。


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