こんにちは。
突然ですが天国の両親よ、娘の悩みを聞いてほしい。
なんかもう、最近誤解が凄いことになってきてしまっているんだどうしよう。
と云うのも、あの噂を知った紅葉様が面白半分にマッサージ中に喘ぐようになってしまったのである。
なんというかこう、ふとした瞬間に"あンっ"て耐えきれずにも漏れちゃったみたいな声を出すようになったのだ。
マジでもうね、紅葉様ってば人が通りかかった時を狙ってやるからね。
お陰で私の進化し続ける噂は"あの女はついに幹部にまで手を出したらしい"だなんてとんでもないものになってしまっている。
首領権限で私幹部候補以上しか異能使えないから、それも更にその噂に拍車をかけているらしい。
なんてこった。
マジで最近視線が辛い。
もうお嫁にいけない。
いや往く予定何て抑もないけど。
「あぁ、極楽じゃった」
「私は地獄ですよ、紅葉様……。絶対また誤解されます……。誤解の勢いが止まりませんよ……」
「うふふ、許せ。なにせそなたは揶揄うと反応が面白い故、つい、な」
未だバスローブ姿の紅葉様に、ヒーターで暖めた風を私は更に扇子で扇ぎ送る。
使用しているお高いオイルはお肌にめちゃくちゃいいので、汗をかいたからといって拭ってしまうのはかなり勿体ないのだ。
だからこうして、施術後は寛いだ姿の壗、のんびりしてもらうのである。
「はぁ、しかし、何度解して貰っても直ぐにまた凝ってしまう。此の街も、もう少し落ち着きというものを学んで呉れればいいものを」
「ああ……。なんかまた凄いことなってきてますもんね」
ただ抗争というには、やや重すぎる。
外を歩くだけであっちこっちで死体がこんにちはする様は、なんというか幾ら荒事になれたマフィアの身だとて精神的にくるものがある。
実際、この
仕事部屋は上級階級専用のものなんだけど。
下の階にある中級以下の構成員用の私の医務室は、毎日代わる代わるでお客さんが詰め寄る大反響中だ。
なんで、紅葉様がああも私で遊ぶのは、そういった鬱憤を解消する目的もあるんだろう、たぶん。
「早く如何にか収まりませんかねぇ、この抗争」
「まぁ──難しいところではあるな。なにせ、最近は可笑しな輩まで彷徨く始末。故に、菫。そなたも安易に外を彷徨くのではないぞ? なにせお主は鈍くさいからのぅ」
「うふふ……肝に命じます」
──却説、そんな抗争だが。
あんなに華々しく苛烈を極めたと云うのに、終わり場実に呆気のないものだったようで。
目の前には、ぐでんぐでんに
動かない中原様。
其の横には、非常に悪──否、愉しそうなお顔の、最近ご昇進なされた太宰幹部様。
まあ、この組み合わせで大体の察しはつく。
大方、今回の騒動の結末は、中原様が暴れに暴れて最終的に力でごり押し押し潰したのだろう。
それで、"力"を使ったが故の、
此の有り様で。
この人いつか自分の異能に喰い殺されるんじゃと心配になってしまう程度には、見た目からしてボロボロだ。
一見したところでは、恐らく意識はなさそうだ。
では早速、と水屋袴──紅葉様のご指示で着物着用を強いられているのである──を着こんだ足を広げて乗り上げようとして、ふと動きを止める。
そういえば、この人いつまで居るんだろう。
「あの──太宰様?」
「ええ、昔みたいに"おさむおにいちゃま"って舌ったらずに云ってくれないのかい?」
「百歩譲って"お兄様"呼びは認めますけど、舌ったらずは認めませんよ。と云うかなんですかちゃまって。云ってないでしょちゃまなんて」
「ええ〜そうだっけ?」
──ダメだ話が脱線する。
未だピクリともしない中原様に目を遣りつつ、この部屋から出て行こうとしない太宰様に呆れたような視線を流す。
遣りにくいったらしゃーないから早く出てって呉れないだろうか。
「いつまでこちらにいらっしゃるんですか? 出口はあちらですよ」
「えっ私を此処から追い出すって云うの? あんなにお兄ちゃまお兄ちゃま云ってたのに」
「だから過去を捏造しないで呉れます?? そして早く出てってください」
「やだよ。だってこれから面白くなるんじゃないか」
其の言葉に、思わず怪訝な表情を浮かべれば。
太宰様は「私が知らないとでも思ったのかい?」と云って、懐から取り出したと或る会報らしきものをぺらりとわたしの眼前へとつき出した。
そこには─────は???
「えっな、はぁっ!?」
思わず太宰様の手から会報らしき、ていうか会報をぶん取って顔を近づける。
其所には、とんでもない言葉が書いてあったのだ。
「な、な、なにこの、なにこの──"幹部候補中原中也と噂の尾崎医療班木下菫の爛れた関係"って! なに!? なんなんですかこれ!」
「よく書けてるでしょ〜。割りと力作」
「〜〜〜〜!」
きっと太宰様を睨み付けようとして──はっとする。
そういえば、階層も場所も離れている故に中々接点のない筈の太宰部隊の皆さんに、最近意味ありげな視線を向けられていなかったか?
尾崎部隊の皆さんは、まあ目撃情報もとい聴取情報がある為に、誤解されるのは仕方ないと思っていた。
でも関わりも接点も少ない筈の太宰部隊の方々からも
そんな目を向けられるのは、なんか変だなと思っていたのだ。
だけど、今その理由が判ってしまった。
──この男が、広めに広めやがったのだ。
「な、なん──なんて、ことを! 酷い! 兄様酷すぎる! 私物凄い目で見られてるんですよ!?」
「わぁ、懐かしい呼び方〜〜」
「ぶん殴りますよ???」
思わず拳を握って見せれば「やだやだ痛いのはやだよ」だなんて情けない言葉と共に距離を置かれる。
マッサージは結構筋力を使う為、インドア乍ら私は中々に腕力が強いのである。
がしかし、もう本当に、此れはひどい。
何が酷いって、私嫁入り前処か未だ14なのに最近影で"手練れの女"扱いされてるのである。
酷い時には今の地位を躯で買ったと迄云われることもあるし!
まあ異能と森様の元丁稚だから取り上げてもらったのあるんであながち間違いではないのかもしれないんだけど!だけれども!
「ひ、ひ、ひどい〜〜! バカバカバカバカお兄様の莫迦〜〜! 人でなし! あんぽんたん! 阿呆んだら! お兄様こそ商売女に病気移されて其の儘不能になってしまえばいいんだわ!」
「いや不能は一寸困る」
「じゃあもげて!!」
「いや、意味ほぼ一緒じゃないかそれ」
大いに違う。
不能は今後もしかしたら再起する可能性が一ミリくらいはあるかもしれないけど、もげたら其処で其の肉棒はご臨終なので再起の可能性はない。
と云うか当てずっぽうで云ったのだけれど、商売女買っているのか。マジか。
「お兄様こそ爛れてるわ! なのになんですかこの、私がお股ゆるゆる女のゆる子ちゃんみたいな記事!」
「ゆる子ちゃんて」
「中原様だって、確かに一寸お声は大きいし割りとこっちが恥ずかしくなるようなお声を漏らしたりはしますけども、別にいかがわしい事なんてひとつもしてません!」
「いやぁ、庇ってるようで自分しか庇ってないよねそれ」
ひんひん泣きながらそう怒れば、ふいに寝台の方から「うぅ、」と云う呻き声が聞こえて、ばっと振り替える。
其所には、目蓋をもぞもぞと動かし持ち上げようとする中原様が居て。
お兄様──じゃなかった太宰様のお腹に一撃腹パンをいれた後に、さっと意識を緩やかに取り戻した中原様のお側に寄る。
後ろで潰れたような呻き声が聞こえたけれど、それは無視である。
「中原様、お気付きですか? お加減は如何です?」
「う、ここ、は……?」
「私の医務室です。外傷はほぼなく、然し内部の損傷が激しいと云うことで、私の
仕事部屋に運び込まれたんですよ」
と云うか、寝てる内に施術を開始しようと思ってたから、中原様はうつ伏せで顔を横に向けている状態だ。
なので顔に髪がかかってしまっているので、それを優しく指で耳にかけてやる。
あ、因みに躯にかけてる大きなタオルの下は、お察しの通りパンツ一丁である。
それは他の医療班の方々に手伝ってもらって剥いだ。
すると中原様の視線がゆるゆると持ち上がり私を見て──何故だかピタリと止まる。
というかなんか、一寸驚かれてる模様。
え、なに故に?
「──……おまえ」
「え、はい、なんでしょう」
「泣いてンのか……?」
「え゛っ」
思わず、はっと自分の頬に手を当てる。
其所には確かに、未だ乾ききらない涙の感触──というか先刻クソ太宰様に泣かされた名残が残っていて。
あっちゃ〜〜やっちまった〜〜と脳内で絶叫しつつ、泣いたばかりの顔を見られる照れ臭さから、一寸唇をまごつかせてしまう。
「いえ、その──ご無事で、よかったです」
私の評判は全くと云っていいほどご無事じゃねーがな、と思いつつ。
それは病み上がり──病み上がりという表現でいいのか判らないけど満身創痍の中原様にぶつけるのは流石にどうかと思うので、素直に飲み込んだ。
八つ当たりは、後で太宰様にする予定。
「…………」
「……? 中原様……?」
あれ、なんだか、中原様の様子がおかしい。
こう一寸ぼーっとしてるというか、放心気味というか。
まあ寝起きだもんなと頷いて、私は満身創痍でボロボロの中原様に笑いかけつつ、こう声をかける。
「お頭を失礼します。其の窪みに、お顔嵌めちゃいましょう。そっちの方が頸が楽だと思います。なんなら、また眠っててください」
「ああ……」
肩から上を持ち上げて、枕部分の空洞になっている処に中原様の頭をはめる。
そうしていると、また徐々に呼吸が遅く重くなっていくから、早速眠りかけているんだなと察して。
ならと私も施術を開始しようとして──太宰様のことを思い出した。
しかし、文句でも云ってやろうと振り返った其の先の顔は。
なんか一寸あれだ、思っていたのと違くて。
「…………え、なんですか」
なんというか、年相応の、ぽかんとした顔。
其のあまりに
子供染みた表情に、この人こんな顔できたのかと思ってしまった。
だってなぁに?その、信じれないものを見る目。
「……太宰様? 御用ないんでしたら早く出てって欲しいんですけど」
「…………いや、いやいやいや、菫おまっええ、ええ〜〜」
「? 本当になんなんですか?」
思わず訝しげな顔をしてしまう私に。
然し、何やらもごもごと口を動かす太宰様は、やっとこさと云うようにこう言葉を口にするのである。
「菫、お前、とんでもないね……」
「ええ? なんのことです?」
あー、だのうー、だのもごもごしている様は全くもって何をいっているのかわからない。
もういいから早く出てって、と完全に寝息が聞こえるようになった中原様を起こさないように、太宰様の背中をぐいぐいと押していく。
「事実は小説より奇なり……」
「だからもう、なんなんですか」
いつだって、この兄代わりは判りにくい人である。