何やら最近、私の噂は更なる進化を遂げているようなのである。

と云うのも、一時期大流行した"私が中原幹部を手籠めにしている"という噂はすっかり鳴りを潜めて。
最近だと、何故だかそれは禁句みたいな感じになっているようなのである。

なんというか、口にしたら最後抗いようのない死が訪れる、と云った感じになってきているというか。
其のお陰で一寸前みたくひそひそ影口叩かれたり売女と罵られたり、おい商売女一発ヤらせろよ的な感じで迫ってくる人は有り難いことに減ったのだけれど。

然し、其の所為で今度はそれなりに善い感じのお付き合いが出来ていた人たちから、避けられるようになってしまったのである。
否もう、なんでなんだろうか。

あれ、と云うか、私を罵って襲おうとしてきた人最近組織内でみないな〜〜と思いつつ。
私は現在、と或るお客様に、、、、、、、、そりゃもうかなり手をこまねいていた。

「あの〜」
「…………」
「あのですねー?」
「…………」
「脱いで欲しいなー、なんて……」
「…………」
「思うわけなんですけれども……」
「…………」
「…………」
「…………」

──困っちゃうな〜〜。
今、私の目の前にいるのは、目付きだけで人を殺せそうな鋭い眼孔の子供。
否、確か太宰様の説明だと私と同年代って云っていたはずだから、子供と称するのは相応しくないのだろう。
ただ多分、食生活的に躯の中身の発達がよろしくないっぽいから、私よりも年下に見えてしまうんだけど。

ともあれ、彼──芥川龍之介は、そりゃもう親の仇を見るような目で私のことを睨み付けているのである。
そう、私の診察台兼患者の寝台に寝もせずに座り込んで。
いやもう、強情な患者である。

「……あのですねぇ。貴方の中身は、ボロボロです。否外傷も主に某幹部様の所業の所為で激しいんですけど、躯の中身はもっと酷いって診断報告が上がってるんです。だから貴方は、私の元に連行されたんですよ」
「………………」
「本来なら此処は、上級階級の構成員方々専用の診療所。であるのに、下級構成員である貴方に此処の使用が許可されるなんて、本当に凄いことなんですからね? 特例ですよ、特例。貴方は其れだけ期待されてるんですから、結果を残さねばいけません。故にお脱ぎになってください」
「…………」

──ダメだこりゃ。
一向に話を聞く素振りをみせない芥川龍之介に、私はひとつ溜め息を吐いて。
じゃあもう洋服着たままで善いです、と云って、手を伸ばした。

「触りますよ。あ、因みに貴方が私を傷つけた場合、処刑は免れないとご理解ください。私という異能の価値は、此処では割りと高いんです。少なくとも今は、貴方よりも。そして私は貧弱ですので、貴方に切りつけられればほぼ即死です」
「……承知した」

あ、喋った。
なんだ言葉話せるのかと思いつつ。
では遠慮なく、と私は手始めに其のかさつき、ひび割れた手のひらに自分の手のひらを挟んで合わせた。
そうして、自分の異能を発動させる。

異能力──百花譜ひゃっかふ

触れた肌から、視界の中で淡い光の線の、、、、、、ような、、、根が、、巡っ、、ていく、、、
そうして其の根は、全身を駆け巡ったと思えば、私に彼の状態をさらけ出してくれるのだ。

──う〜〜ん、めちゃくちゃ滞ってるなぁ。
というか、処々"根"が壊死しかけてる。
これは一寸、否大変まずい。

何がまずいって、あんまり強引に治療を進めると──最悪、躯がついていかないかもしれないのだ。
治すつもりが壊す結果になりかねない。
それくらい、状態が悪すぎる。

なんで彼が森様の医療班ではなく私の班に回されたのかが判った。
抑も劣悪な環境の所為で免疫が低下している此の躯に、やや強引な処がある西洋医学では負担が大きすぎる。
此れは、確かに私の得意分野漢方向きだ。

「……マッサージも本日しますけど、それとは別に漢方薬を出しますから指示した分量を必ず飲んでくださいね。少しずつ体質から改善させましょう」
「……」
「一寸貴方の中身ほんと一寸アレなんで、どう頑張っても苦いのになっちゃうんですけど……オブラートで包めば苦くないので、それも一緒に渡します」
「……」
「あ、包み方も教えますね。最初は一寸難しいんですけど、馴れればいけます。あとは、食事も改善しなくちゃ。お腹が空かなくても、白湯を飲んで内臓を温めてくださいね」

云いながら手を離し、棚に設置してあるタオルウォーマーをパカッと開けて、其処から熱してある濡れタオルをひとつ取り出す。
其の儘だととても熱いので、ばふばふと布を叩き広げながら、訝しげな目で私を見てくる芥川龍之介──同年代だし、芥川君でいいか──に、こう声をかける。

「靴を脱いで、素足になってください。貴方は末端から解さなきゃどうにもならないです」
「……承知した」

──此の子は"承知した"しか喋れないんだろうか。
何て思いつつも、指示通りに素足になってくれた芥川君のそばに、タオルを持ったままにじり寄る。

却説ここからが、腕の見せ所と云う奴だ。




「うっわ溶けてる」
「うっふっふ! 頑張りましたもの!」

でろんと、、、、、寝台で蕩けてる芥川君を視界に入れて。
そりゃもう変なものを見ている時のような目で、太宰様は芥川君を眺めていた。

矢っ張り此の人、基本的に失礼な人である。
そういう処は、昔から本当に変わらない。

「こんなに顔がへにゃへにゃしてる芥川君を見るのは初めてだよ。わあ、直ぐ死にそうー」
「全くもう、笑えない冗談は止めてくださいな。そして太宰様、基本的に私は人様の教育方針に文句はつけませんが、内臓を損傷させるのは控えてください」
「うん?」

文句をつければ、きょとんとした顔が向けられる。
そんな人畜無害みたいな顔をしても、遣ってることは疾っくに知っているんだから無駄である。

「躾もありますでしょうから殴る、蹴るをするなとは云いません。──が、遣るにしてももっと上手にしてください。太宰様なら出来るでしょう。此処とか、あと此処とかも。衝撃を受けた際のダメージで中身、、が炎症を起こしていました。実際に、軽く発熱もしていましたし……」

未だ初期段階だったので、吸い上げる、、、、、迄には往かず、散らすことはできたが。
其れにしたって、こんな華奢な躯に対して、一体どれだけ強い力で痛め付けたのだろうか。
考えただけでぞっとする。
間違いなく、私なら死ぬ。

「でも、菫なら治せるでしょう?」
「抑も治さなきゃいけないような傷こさえないでくださいって云ってるんですよ」

まるで悪びれない様子の太宰様に、心底厭りする。
本当に、厭になるくらい昔からこうだ。
此の人は、なまじ頭が善い所為で、人の限界を見極めるのが上手、、過ぎる、、、

そういう人だからこそ、いつか其の許容範囲間違えそうで怖いんだよなぁと思いつつ。
未だ寝台の上ででろんでろんに骨が抜けきってる芥川君を見て、こう問い掛ける。

「──で、彼如何しましょうか。あっちの休憩室で今日は此の儘寝させます?」
「なぁに、やけに優しくするじゃない」

そりゃあ、所詮代わりとは云え兄のような人物によって痛め付けられてこうなっているわけだし。
後は──あとは、まあ。

「……赤ちゃんみたいだったんですよね」
「────ごめんなんて?」

ぽそっと呟いた言葉に。
私からすると過剰な迄に反応し、顔面からでも判る"なに云ってんだこいつ"と云わんばかりの兄代わりからの視線をスルーして。
私は、一寸──そう、ほんの一寸だけ、うっとりするように頬を弛めてしまう。

「こう、なんと云うのかしら。初めての感覚に戸惑う様子と云うか、けれど、心地よさに抗いきれずに睡魔に襲われて負けてしまう様子なんて云うのが、主張の下手くそな赤ん坊みたいだったと云いますか……」

目を瞑らなくとも思い出せる、あの控えめな悶え方。
"気持ちいい"──"だけど口にするのは悔しいし恥ずかしい"──"だけど気持ちいい"──なんていう葛藤を察知する度に、其の内心、透け透けだせ! と思わず破顔しそうになるのを何度頬を噛み締め唇が緩むのを堪えたことか。

こういうタイプはプライドが富士山よりも高い。
だから心を許されてない状態で下手に笑ったりしようものなら、触れることすら許して貰えなくなりかねないのである。
なので芥川君を揉みほぐした一時間、私の中では、ひとり"決して動じてはいけない60分"が開催されてたのである。
お陰で口の中がボロボロだ。
舌とか口内炎が出来てしまいそう。

でも、マジで、本当に──めちゃくちゃ吃驚するほど可愛かった。
目が段々、ぽわぽわとろとろして唇が空いてく時とか、本当におしゃぶり突っ込みたいくらいに可愛かった。
最近AVみたいな、貴方の下半身直結狙い打ち的な声しか聞いてなかったから、本当に可愛かった……癒された……。

が然し、そんな私の心情なんざ、当事者でない太宰様は共感してくださらないようで。

「えぇ……。兄さん本気でお前が何を云っているのか判らないよ……。ほら、ね? よく見給えよ。赤ん坊にしては目付き凶悪じゃない? 眉毛ほぼないし、間違いなく凶悪面だよ……?」
「人見知りの赤子のようで可愛いですねぇ」
「え、えぇー……」

此れだから頭の固い男は、と私が思うその側で、恐らく向こうも"こいつ、やばくね?"みたいな事を恐らく思っていて。
だけれども、互いが互いに、こうなったらどうやっても判り合えないことは察しているので、最終的にはいつも以外と平和に着地したりするのである。

「では、芥川君は私が預かるとして──うふふ、朝ごはんはなに食べさせましょう。お粥……否お茶漬け……」
「……もう好きにおし」

諦められたとも云うかもしれないけれど。
まあでも別に、と笑っていれば、思い出したように太宰様はこう云うのである。

「そう云えば、噂は如何なったんだい?」
「え? ああ、なんだか、不思議と鎮火しましたよ。寧ろ最近は何故か遠巻きにされてるくらいです。……太宰様、何かしまして?」
「いやいや、私じゃあないよ」

──私じゃあ、ない?
なら誰だと思って──まあ、紅葉様か森様が流石に見かねて下さったのだろうなと推測する。

特にこの間の、"商売女ヤらせろや事件"では、紅葉様はそりゃもう相手を半殺しにしてぷんぷんと怒ってくださっていた。
その原因たる噂を助長させたのもまたご本人ではあるものの、そうやってきちんと対応してくださるなら有難いものだ。

「まぁ、大体は察しがつきます。あの噂が収まってくれたのなら、私としてはそれでもう満足です」
「あれ、誰か聞かないの?」

どこか意外そうなその声音。
それになんだか少し物珍しさすら感じつつ、私は自分の心情を其の儘に伸べるのである。

「ええ、まあ。向こうから名乗りでないのでしたら、ほら秘すれば花とも云いますし。無駄に暴くものでもないでしょう。お心だけ戴いて置きます」
「ふぅ〜ん。ま、私はそっちのが善いけどね」

やや、意地の悪いその口調に。
今度はこっちが意外さを胸に抱いてしまう。

だって、なんだろう其の口振りは。
もしかして、森様でも紅葉様でもないのでは、と私が思い始めた処で、ぱっと太宰様は席を立たれてしまう。

「じゃあ、私はもう往くよ。菫は今日此処に泊まるのかい?」
「ええ、芥川君の食事へのレクチャーもありますし、奥の私室の方で寝泊まりいたします」
「そう。では彼の事を頼んだよ」

何やら打って変わってルンルンとご機嫌の様子に、思わず変なの、と思いつつ。
其の儘部屋を出ていってしまう兄代わりに、然し特に引き留めもせずに、私は其の後ろ姿を見守るのであった。

「却説──、あ」

芥川君の薬の処方と食育の組み立てをせねばと振り替えって、思い出す。
其処には、マッサージ用の寝台で眠り込んでる芥川君の姿。
そんな彼に今夜一夜を越して貰う為の休憩室の寝台へは、少し距離がある。
と云うか抑も部屋が違う。

──あっちの寝台に、移すの手伝って貰えばよかった。
なんて思うも、後の祭りである。