クラスメイトの伊武くんが好きだ。さらさらの髪で、テニス部なのに日に焼けていなくて、うっとおしいなあ、って目で語る。女の子みたいに綺麗なのに、やっぱり男の子って感じもする、不思議な人。
彼はいつも何かぼやいていて、彼の評価は人によって極端だ。倦厭する人の方が多い気もする。
でもわたしはそんな彼が好きなのだ。

「なあ、深司!斎藤っていっつも深司のこと見てるよなあ」

あ、神尾くんだ。ちょっと上ずる、特徴的な声がする。忘れ物を取りに放課後の教室に入ろうとする手が止まった。伊武くんの真似をするようにぼやくとすると、なんでこんな人に聞かれるところでそんな話するんだよ、もうちょっと考えろよなあ。という気まずい状況だ。

「あいつってお前のこと好きなんじゃねえの?」

ウワア。漫画みたいうわあ。間が悪すぎるし、こういうの昨日の少女漫画で読みました。ヒロインがヒーローの照れ隠しを勘違いして泣きながら帰るのだ。ちょっと鈍感、ばか、って思いながら読んでました。

「ほんと、やめてほしいよなあ。そういうの。」
「斎藤結構可愛いじゃん。どうよ、ああいうの」
「どうよって、言われても。そもそもあんまり喋ったことないし。そういうの、面倒だし。じろじろ見られるのって邪魔なんだよなあ」
「深司そりゃ言い過ぎだろ」

あははって笑ってちゃフォローする気ないだろ神尾。おい。耐え切れなくなってドアを開けると、こちらを見た神尾くんがうげえと言い出しそうなあからさまに引きつった顔をした。あの伊武くんでさえちょっと気まずそうな顔をしている。珍しい。こんな状況じゃなかったら堪能したいところだったけど、なんだか切ない。
わたしも結局何も言えず、淡々と忘れ物のノートを引っ張り出して鞄の中に沈めた。
帰ろ。

これが勘違いだったらよかった。あの漫画のヒロインみたいに。でも生憎と伊武くんに好かれていると自惚れられるような関係でもなし、それに伊武くんは理由もなく誤魔化したり、嘘をつくタイプでもない。わたしは伊武くんのそういうところが好きだ。
彼は普段めんどくさくて冷たい。そういうところがすごく不評なのだ。けれどたまに見せる優しさには必ず理由があって、優しくしたいときにしか優しくしない。それは普段から人に優しい人よりもよほどやさしいんじゃないか、なんて。そんな理由のあるやさしさが見たくて、ずっと見てしまう。まあ、鬱陶しい視線だよね。はは。

「こんなナチュラルに失恋するとかダサすぎ」

コンクリートに転がっていた石を蹴飛ばすと、勝手に涙が出た。告白してもいないし、彼に恋人が出来たわけでもない。こんな道端で帰宅中泣くとか、虚しすぎる。伊武くん、今どうしてるのかな。あー、もう、ほんと。
そもそもこの他人から見てもわかりやすいくらいの好意でも、叶えたかったわけでもなかったのだ。見ていられるだけでも十分幸せで、でもウザいよね。ごめん。好きになってごめんね、伊武くん。
帰ったら枕に顔を埋めて、泣いてやるのだ。




あ、伊武くんだ。

翌日の朝、下駄箱の横。生徒たちが集まりつつある時間帯で、手持ち無沙汰に伊武くんが立っている。朝から彼の姿を見ることができて嬉しいけれど、やはり横を通るのは気まずくて、もう見るのも申し訳なくて。

「おはよ、斎藤さん」

ぼそっと話しかけられて驚く。伊武くんから挨拶してくれたのは、初めてだ。瞼を上下させて「お、おはよ、伊武くん」と言うと、彼はめんどうそうにため息をついた。

「なんだよ、元気じゃないか。そもそも、俺のせいじゃないんだよなあ。話題をふってきたのは神尾じゃないか。あーあ」
「うん、そうだね。伊武くんは悪くないよ」

ぼそぼそとしたつぶやきにそう答えると、答えがあると思っていなかったのか伊武くんがすこし固まった。こういう反応って嬉しい。伊武くんとちゃんと話したことはなかった。でも、こうして本当は、伊武くんの一言一言に言葉を返してあげたかったのだ。

「悪くはないと、思ってるけど。でも、なんか、ごめん」

神尾くんに慰めて来いとでも言われたんだろうけど、こうしてちゃんと謝りに来てくれたのはうれしい。やっぱり、伊武くんいいなあ。

「ううん、こっちこそごめんね。いつも見ちゃって。伊武くんのこと、すきなんだ。ごめん」

苦笑いで、天気がいいね、とでも言うようにするりと好意を口にするとまた彼は固まって、あ、そうなの、とぼそっと言うのだった。