同じ幼稚園同じ小学校出身で、同じクラスになったこともある。住んでいるところまでもが近くであっても、不思議とあまり喋ったことはない。それがわたしにとっての丸井ブン太だ。
苦手なわけでもない。ただ特別親しくなるような機会もなく興味もなかっただけの話で。

現在はクラスが違うものの、何故か帰宅途中ばったりと一緒になってしまった。丸井も一人、わたしもたまたま一人。ちょっと気まずい様なそんな雰囲気でも、お互いに用事があるから遠回りして帰るねーなどというあからさまな離れ文句も言えず、何となく一緒に帰ることになってしまった。その場の空気ってあるよね。

「お前、いつも帰りながら本読んでんの?危なくねえ?」
「やーまあ。いつもじゃないけど。ちょっと続き気になってさ」

手元にあったアガサクリスティーの本を掲げると俺そういうの苦手と自己申告された。まあそうだろうよ。
他愛もない授業の会話や、先生の話題などポツポツと喋る。丸井はどうやらジャッカルと仲がいいらしく部活の話題も少し喋ってくれた。青春って感じでテニス部は羨ましくなる。

「つーか、お前もっと喋りにくいと思ってたぜ」
「はあ、そう?」
「おお。意外と喋れんじゃん」
「根暗って言ってる?」
「まあ、そんなとこ」
「事実だけどほんと失礼すぎてびびる」
「びびるとか言いながら笑ってんじゃんか」

お近づきの印ってことで、どう?と丸井が出してきたのは昔ながらのフーセンガムだ。3種類の中から選ばせてくれるらしい。オレンジ、ブドウ、イチゴ。少し悩んでブドウを取ると、丸井は少し残念そうな顔をした。ブドウが一番好きだったのかも。なんかごめん。そう思っていると俺はりんごが一番好きと言われた。どうやらここにはないらしい。

「わたし、フーセンガム食べたことない。一個しか入ってないの?これ」
「はあ?マジでそれ言ってんの?」
「大マジだけど。ガム嫌いだったんだよね」
「今は?平気になったのかよ」
「そう。今は平気。それでどうやって食べるの?」
「しゃーねえなぁ。フーセンちゃんと膨らましたいか?」
「やりたいそれ!ちょっと憧れてたんだよね」
「なら中のやつ全部食って。そんで膨らまさないとダメ」
「ちょっと勿体無いね」
「バーカ無くなったらあの駄菓子屋ですぐ買えるっての。ほら、俺らの家の近くでさ、小学校行く途中にあるじゃん」
「あーあのお婆ちゃんの駄菓子屋?」
「そ、俺今でもあそこよく行って買ってんだぜ」

ふぅん、と頷きながら周りのクリアのパッケージをペリペリ剥がす。ぱかんと中を開けると丸くて可愛らしいガムが四つ入っていた。やはり全部食べるのは勿体無い気がしたものの、フーセンにしたかったので思い切って全部食べてみる。甘くて結構美味しい。
暫く丸井の話を聞きながら噛んで柔らかくしてみたものの、フーセンにならない。空気をうまく入れられずすぐに潰れてしまう。下手くそと笑われたので軽く睨んでみると、見てろぃと丸井はオレンジのフーセンガムを全て食べた。
ガムを噛み潰す丸井の横顔は結構綺麗だった。こいつこんな可愛い系のイケメンの顔してたんだな。知らなかったよ。

「え、すごい」

丸井はドヤ顔でガムを大きく膨らませる。そしてパン!と音がしてそれが弾けた。思わず小さく拍手すると、丸井は苦笑いでまたガムを噛む。

「こんなんでそんな拍手されるの、なんか、恥ずかしいだろい」
「や、すごいうまい。あとごめんガム飲んじゃった。やばいかな」
「はっ?!おまっバカかよ!」

ゲラゲラと丸井が笑う。さっきのガムはそのまま腸まで運ばれて行くと信じよう。別に喉を詰まらせたりはしなかったので死なないと思う。

車通りも少ない交差点、ここが丸井の家とわたしの家の分かれ道だ。カーブミラーにわたしたちの立っている姿が映る。多分もう二度と映すことのない景色。
丸井が普通にそんじゃあな、と手を振ろうとしたところで彼を呼び止めた。丸井が不思議そうに振り向く。

「わたしさ、転校すんの」
「………えっ!え!そうだったのかよ」
「うん。だから、丸井と喋るの最後かもしんなくてさ」

どこ行くのと聞かれ、S市と答えるとそう遠くねえんだなあと慰めるように口にされたものの、もう丸井とは会うことはないだろう。一生のうち、こうして特定の人と出会えるのは奇跡なのかもしれないと、最近思うようになった。だからと言って今日まともに話しただけの丸井と連絡先を交換するわけでもなく、ただ素直に感想を伝える。

「丸井と色々最後に話せてよかった。ありがとね」
「あ、ああ。おー、こういうとき、なんて言ったらいいか、俺わかんねえんだけど」

逡巡するように、彼はすこし唸る。そしてポケットの中のものをわたしに投げつけた。咄嗟に庇うようにそれを掴むと、残りのフーセンガムのイチゴ味。うまいじゃん、と丸井は笑った。

「餞別に、それ、やるよ!元気でな」
「ん、ありがと。丸井も元気でね」
「俺も最後に喋れてよかったぜ。ありがとな。斎藤ちゃんと膨らませられるように練習しろよ」
「はは、もしどっかで会えたら、うまく膨らませてあげる!」

夜になるような時刻に消えていった背中を、きっと忘れない。