「 」

幼い頃、名前と一緒に家でミュージカルのビデオを観ていた。由美子姉さんは家におらず、裕太は早々に飽きて離脱し部屋の端で漫画を読んでいる。真面目にストーリーを追っていたのは僕だけで、名前はしきりに王子様の衣装が綺麗ね!と感心していた。

「でもこの王子様より、しゅうすけのほうが王子様みたい」
「ボクが、王子様?」
「うん、しゅうすけってキラキラしてるもん。かっこいい。足もはやいし」
「ふふ、そう?ありがとう」

笑いながら頭を撫でると、名前は嬉しそうにする。彼女は裕太のように幼く可愛く、家族同様に守らなければと思う。しかし、抱く感情はただそれだけではなかった。

彼女は帰らなければならない家に帰るとき、泣きながら愚図るのだ。この家の兄妹になりたいと。だから僕は幼い頃から決めていたことがある。

彼女を本当の家族にすることだ。

ただ、お嫁さんにしてあげる、などと下手な文句で早々に約束させることはしなかった。
抱く感情は恋や愛とは形の違う、少し歪んだものだ。あの涙を浮かべた縋る目を見たとき、依存させたいと願った。僕でないとダメだと。彼女に選ばせなければならない。僕が選ぶのではない。彼女の意思で僕のところに来ることが大切なのだ。

いつも僕は念入りに彼女の体に触って匂いをつける。僕のものであると認識させるために。どろりと快楽に染まった瞳。僕の腕の中にいれば甘やかしてもらえると擦り込む。名前が本当に求めているのは手塚のような男ではない。

彼女でさえ知らない彼女自身を僕は知っている。



「兄貴って、名前のことどう思ってんの?」

すげえ薄気味悪い、と、兄弟で悟るものがあったのか裕太が言った。

「ん?勿論好きだよ」
「絶対それだけじゃねえだろ」
「…裕太ってばわざわざ言葉にして欲しいの?管理したいし甘やかしてボクがいないと駄目な子にしたいんだ」
「えげつな‥あんまりやり過ぎるなよ。つーかさっさと言えばいいんじゃね」

アイツ兄貴に心酔してんじゃんと裕太が零す。確かにその通りで、名前はいつも周助は凄いねと眩しいものを見るような目で僕を見るのだ。あのいつの日かのミュージカルの王子のようにでも見えているのだろう。


僕はじっと息を潜めてそれを待つ。

彼女においでと囁かずとも彼女が胸に飛び込んで来る瞬間を。

そしてそれはそろそろやってくるのだ。

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