触れて欲しかったのは

先生に添削され叱られてしまったテスト用紙を握りしめる。また周助に違う方程式を教えられてしまった。きちんとひとりで教科書と向き合えばいいのだが、数学は苦手なためつい周助を頼ってしまうのだ。はあ、と深い溜息をついていると、目の前に知っている背中が歩いている。

「薫くん」

彼に声をかけ近寄ると、薫くんがあ?と返事をする。お前か、と私を見た薫くんの腕の中には大量のノートだ。どうやら彼は日本史の教科係らしい。放課後の廊下に人気はなく、2人きりだ。そのためつい調子に乗って話しかけてしまった。

「手伝おうか?」
「これくらいどうってことねえ。あんまり見くびんな」
「手伝われるの、迷惑?」
「…………お前、聞き方がいちいちいやらしいんだよ」

上の方少し持て。少しでいい、と念を押され、笑う。ノートの量は2クラス分あったらしい。どうりで多く見えるわけだ。さすがの薫くんでも重かったと思うのだが、わりと彼はパワフルでねちっこいテニスをするので本当にどうってことなかったかもしれない。

桃ちゃんと違い話しにくい雰囲気だった彼が本当は優しい人だと知ったのは、彼が道端で野良猫をあやしているのに遭遇したときだ。真顔でその光景を見ていると、恥ずかしそうに見てんじゃねえ!と迫られ年相応な可愛いところもあるのだな、と笑ってしまったのだ。それ以来は裕太のようにフランクな距離感で話すようにすると、薫くんは熱くなりやすくで口調がとっつきづらいだけなのだと分かった。かつ無口なお陰で勘違いされがちなのだろう。彼は皆でいるときは冷たいものの、こうして2人でいるときはきちんと話を聞いてくれる。

「薫くん日本史が好きだから係になったの?」

歩きながらそんなことを聞いてみる。

「あ?そんなんじゃねえ」
「へえ。くじ引きとか?」
「そうだ」
「薫くんは体育の係とかのほうが似合うよ」
「どういう意味だ」

チッと舌打ちをしながら彼はノートを教卓の上にドサリと置く。わたしもそれに続いて残りをその上に置いた。

「ノート配ったりしない?これで終わりかな?」
「ああ。明日朝配るから問題ねえ」
「そうなの?なんか盗まれたりもしそうじゃない?」
「俺が鍵かけてこいだとよ」

チャリンと薫くんが制服のポケットから教室の鍵を出したため、そうなんだと頷いた。薫くんも今から部活に行くだろうと教室を出ようとすると、彼は立ち止まったまま睨みつけるように私を見ていた。不思議に思い、ん?と首を傾げ見返すと、薫くんがそっと口を開く。

「お前…………」
「……………薫くん?」
「……お前、不二先輩のことどう思ってんだ」

それは周助と一緒にいると、たまに聞かれる質問だった。特に女子からだ。怖そうな先輩に不二とどういう関係なの!と呼び出されても、私が返す言葉は決まっている。

「大事な家族だよ。幼馴染っていうより、もっと大事かな。本当に、家族なんだよね」

周助は少し距離が遠いひとでもある。なんでもそつなくこなせて、何でも天才肌で。特別何かに夢中になることも少なく、いつでも静かに笑っている。あの才能が抜きん出たテニスでさえ勝ちに拘ったのは中三の時が初めてだと言うような人。わたしにとって違う世界にいるような人。まさしく王子様だ。それでも幼い頃から裕太とゆみちゃんとずっと一緒にいてくれた。絶対に失いたくない優しい家族の一人。とても大事な人。

「…………チッ」
「え、なんで舌打ち?変かな?」
「そうじゃねえ、…………」

少し押し黙った彼は、覚悟を決めたようにぽつりといつもより低く掠れた、聞き辛い声で小さく口にした。

「………お前のことが、好きだ」

すき?好きとは、と一瞬頭が白くなり、混乱して。そのあと理解すると、顔が一瞬で熱くなった。薫くんが、私を?真面目な彼はきっと冗談などではなく本当にそう思って言ってくれたのだ。カッと熱を持った私の表情を見て、薫くんはその鋭い目を見開いた後、大きく怒鳴る。

「そんな顔すんじゃねえ!」

クソ、と吐き捨て熱くなった瞳は見たことがある。この目、いつも見てる。周助の。あのときの顔だ。男の子の、顔。

腕を引っ張られ、薫くんの胸の中に収まる。力強く抱きしめられキスされた。厚い唇が私のそれに重なっている。
瞬間違う、と泣きたいほど苦しくなった。違う。これは知っている体温じゃない。匂いが違う。

いつも優しく抱きしめてくれた胸の中の体温。私を支配する匂い。周助がいい。周助でないと嫌だ。今までずっと気づけなかった。

「か、お」

薫くんと呼んでもがき離れようとして、それでも唇は離れず口腔に侵入してくる。舌が熱くて苦しい。縦横無尽に蠢くそれ。力強い手が臀部を性急に揉む。周助にたくさん触られた開発されている体は快感を覚えてしまい、びくんとそれを追うように反応する。薫くんは何かが切れたようで手を制服のスカートの中に侵入させた。
どうしてもそれは嫌で、涙が溢れる。周助。小さくそう助けを呼ぶように呟くと、薫くんは見たこともない苦しげな顔で私を離した。

「…………ワリィ。ちょっと、………頭がおかしくなっちまった」

チッと彼はまた舌打ちをする。でもそれはきっと、私に対してのものではない。静かに泣くと、薫くんはただ優しく泣くなよ、と言った。薫くんが嫌いなわけではない。むしろ好きなのに。いつのまにかこんなにも周助のことが好きになっていた。周助じゃないとだめになっていた。周助が、好きだ。

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