atelier
青空の下、細くしなやかな体がラケットを振るい、弾けた黄色いボールがあちこちに散らばる。一年生たちがそれを追いかけて拾う。あの中心にいるのは周助だ。
フェンス越しの遠い、眩しい背中。
話しかけるのを躊躇い佇んでいると、大石先輩が私に気づき顔を強張らせる。私はおそらく酷い顔をしているのだろう。未だに腫れぼったく重い瞼が目の上にのしかかる。随分と泣きやまなかったせいだ。薫くんにも迷惑をかけてしまった。
大石先輩はすぐ周助に話しかけ、周助がフェンス越しの私を見る。いつも通りにこやかに練習していただろう彼は険しい顔で目を開き、駆け寄ってきた。
「どうしたの、それ」
「あの、ね」
緊張した彼の声に口を開こうとして、閉じる。本当はさわってほしい。いますぐ。ただここでは言えない。お互い口約束したわけではないものの、ああいった行為をしていることを誰かに話したことはない。知られたいと思ったこともなかった。周助も学校ではあんな風に触ってきたことも、あの甘やかす口調で話しかけてきたこともない。最初のきっかけのときだけだ。
「わかった、帰ろう」
「え?」
「鞄はもう持ったよね?帰るよ」
視界が突然暗転する。バサッと頭に乗せられたのはテニス部のジャージだ。周助の匂いがする。顔を隠すようにぎゅっとそれを抱きしめる。深く呼吸すると驚くほど安心した。大石先輩にごめん、ボク帰るねと周助は声をかけていた。大切な部活の邪魔をしてしまったことに申し訳ないような複雑な気分にもなりながらも目を閉じていると、手を包むように繋がれ引っ張られる。周助のざらついた手。周助のことが好きだ。先程気付いたその感情を痛感する。じわりとまた涙が滲んだ。
いつだったかゆみちゃんに憧れたような恋の形とは違うかもしれない。それでも、私は既に恋していた。
「気付いた?」
「………………え?」
「……名前のことは何でも、わからないことなんてないよ」
ぎゅっと手を力強く握られる。その後は無言のままひたすら自宅まで歩き、繋がれた手のひらの感触だけを確認していた。暑い太陽がじりじりと肌を焼く。
家のドアを開け、おもむろに周助はソファにどさっと座り込む。そして立ちっぱなしの私を切れ長の目で見る。綺麗だと、吸い込まれるようにじっとそれを見た。
「海堂でしょ」
「え……………」
「ああ、やっぱり当たったね」
いつになく機嫌悪そうに周助は言い放ち、口を閉ざす。何故分かったのか分からない。やはり、周助はすごいのだ。ぐるぐると目を回すと、周助はおいで、と言った。触って欲しくていつも通り近づくと、彼は首を左右に振る。
「いつもとは違うよ」
「しゅう、すけ?」
「どうして今までボクがこんなことをしてきたのか、名前は何もわかってないだろうね。もう、ボクのものになる覚悟を決めて」
「周助の、もの?」
「そうだよ」
周助は苦笑する。薄い唇が動いて、言葉を紡ぐ。鸚鵡返しにそれを確認した。
「ボクの家族にしてあげる。名前が一人で部屋でいても一人だなんて思わせてあげないし、ボクが全部管理してあげる。キミのことを全部だよ。嫌がっても一生開放してあげない。全部がボクのものになる覚悟を決めて。その代わり、ずっと甘やかして大事にしてあげる」
ほら、と大きく開かれた腕。そこはひどく魅力的な檻だ。一生を縛る檻。突然の宣告をゆっくりと嚥下する。
ずっと本当は寂しかった。両親が私をないがしろにしているわけではなく、忙しいだけなのは知っている。それでも、楽しそうな不二家にずっといたかった。彼らの本当の家族になりたかった。
周助はずっと甘やかしてくれるという。あんな風にずっと?甘やかな囁き、ざらついた手のひらが体を這う感触。乳首をあやすように押しつぶす指。思い出すだけでじわりと下腹が熱くなる快感。溶けると思うほど重く愛されたい。
管理して、一人にしてくれないという。隅から隅まで支配されたい。他の誰でもない周助に管理してほしい。
私はきっとおかしいのだ。ようやく気付いた。そして周助もきっとおかしくて。だから、お似合いなのかもしれない。王子様にずっと服従していたい。
周助のものになりたい。
そう呟くと周助は嬉しそうに、誘うように腕を振る。私の意思で来るのを待ち望むように。飛び込んで周助の匂いを深く吸い込んだ。夏の汗ばんだ肌の匂い。抱きしめ返してくれた熱い腕の体温。薄いようでいて筋肉のついた胸に顔を埋める。痛いほどに周助だ。安心できる膝の上。ずっと一生この中にいられるのだと思うと、胸が痛くなった。あまりにも嬉しくて。
「ちゃんと自分が誰のものか気づけたね。偉いよ」
甘やかす、いつもの口調で囁いて周助はキスをした。きちんとした初めての唇でのキス。ねっとりと唇の上を彼の唇が這う。食べるように何度も角度を変えて味わわれ、挟まれる。頭皮をやわらかく揉む大きな手。彼の舌が形を覚えるように私の唇の皮膚をなぞる。次に口の中の歯を一本一本観察するように丁寧に辿り、呼吸が苦しくなるたび、唇を合わせたままの状態で少しだけ解放される。ずっとこんな風にくっついていたいね、と囁かれ、私の首をざらついた手が締めるような仕草でやさしく撫でた。
「ボクのものだよ」
end 2018.4.12
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