掬われる

昼休み、友達とご飯を食べようとお弁当箱を持ったときだった。

「名前〜!テニス部の先輩たちと飯食うんだけどよ、たまにはお前も来いよ」
「桃ちゃん」
「不二先輩がいるんだから、居心地も悪くねえだろ?」
「別に、周助がいてもいなくても男テニの人達とは喋れるけど…」

にやにやと笑う桃ちゃんを見上げながら少し困る。周助に可愛がってもらっていると、次第に男子テニス部の人達とも親しくなった。
ただ何となく居心地は悪い。わたしはマネージャーをしているわけでもなく、ただ不二周助のひとつ年下の幼馴染というだけ。それなのにあの連帯感のある輪の中にポンと混ざるのは、どうも違う気がしてならない。その割に面白がられてなのか、こうして軽率にその輪の中に誘われる。それは時としてこうしたお昼であったり、部の活動であったりする。
だから男テニの集団をなんとなく苦手としていた。個々であれば平気なのに。

「海堂も会いたがってたぜー?」
「薫くんが会いたがってるのは絶対嘘じゃない…」
「まあ嘘だけどよ」
「ええ…」

桃ちゃんと話しているといつも一緒にご飯を食べている友人たちが話を聞きつけ、行って来いと背中を力強く押されてしまう。普段テニスコートを見てはキャアキャアと黄色い声を上げているにも関わらず、彼らに近づくとなると萎縮してしまうらしい彼女たちは、わたしから情報を聞き出そうとするのだ。

「ほんじゃ、名前は借りるぜ」
「桃ちゃぁん‥」

友人たちに生贄にでもされたような気分だ。桃ちゃんに腕を引っ張られとぼとぼ歩く。どうやら空き教室のひとつでご飯を食べるらしい。心なしかお弁当箱が重く感じた。
桃ちゃんとは比較的仲がいいと思ってはいる。一番の問題は薫くんなのだ。

教室に入るとわらわらとテニス部員たちが集まってご飯を食べていた。周助を見つけ、困り顔で手を振った。大石先輩と菊丸先輩もいる。
大石先輩には不憫そうな目で見られ、菊丸先輩は元気よく手を振り返してくれた。周助はというと、ただ楽しそうに微笑んだだけだ。
わたしがここにいることを居心地悪いと思っていることは知ってはいても、敢えて助けないのが周助らしい。流石は王子様だなと心の中でひとりごちる。

荒井くんを見つけ隣のスペースを早急に確保する。反対隣は壁だったため、隣は荒井くんにしかならない最良のスペースだった。
彼はわたしを好きとも嫌いとも思っていないため、ちょっと乱暴なところはあれど好きだったりするのだ。それにあの威圧的なレギュラー陣に混じっていくのはちょっと嫌だ。部外者なのにおかしさしか感じない。

しかし、それに反発するのは桃ちゃんだ。

「あっ名前海堂の隣じゃねえのかよ〜つまんねえ」
「海堂はまだ来てねえよ桃」
「桃ちゃん面白がるのほんとやめて‥」

乾先輩がそろそろ来るぞと言った次の瞬間、教室の引き戸が開いた。乾先輩も怖い。そしてそこには案の定薫くんだ。

「海堂〜こっち来いよ!名前もいるぜ」
「あ?」

薫くんが桃ちゃんのよく通る声に反応した。ギロッと睨みつけられ更に縮こまる。別に薫くんに嫌われているわけではない。2人きりだと彼は優しいからだ。
そんなことは特別言うことでもないと思い黙ったままな為、桃ちゃんは薫くんとわたしを仲が悪いと面白がっている節がある。薫くんは部長を務めていたこともあり非常にストイックで、テニス部の中に部外者のわたしが混じることに反対なだけなのだ。

「ご、ごめん…薫くん」
「チッ…桃城てめえ」
「海堂のキレた顔おもしれえ」
「桃ちゃんが悪趣味すぎる…」

モソモソとごましおを振った白飯を食べる。味は全く感じなかった。
大石先輩が最近すごくしっかりしてきたとか、リョーマくんが中学の独裁部長だとか、どこどこ高校のあいつが最近強いとか、青学テニス部のメンバーならまだしも他の高校の人の話となるとさっぱりわからなくなる。せめてルドルフか六角なら、裕太とサエさんの又聞きで分かるけれど。本当に何故私はここにいるのだろう。桃ちゃん1人が楽しいだけだ。
荒井くんを挟んで座った薫くんはずっとイライラしており、荒井くんは若干顔が青かった。ごめん荒井くん。とばっちりを。

「名前」
「……周助」
「そんな不安そうな顔しなくてもいいじゃない。構いに来ただけだよ」

周助はわたしの箸を当たり前のようにとって、おかずを一品強奪する。腕をあげたねとにっこり微笑むのに、もう片方の手でわたしの頬を力強く抓るので言動が一致していない。

「不二!女の子にやめないか」
「大石先輩いつものことじゃないっすか」
「大石先輩やさしい‥でも慣れてますから‥大丈夫ですよ…」
「よく分かってるじゃないか、えらいね」

満足したのか周助が頬から手を離すとそこは熱を持った。けれど別に文句も言わない。痛む頬を撫でながらも普通に食事を続けると、菊丸先輩がふうん?と言いながら寄ってくる。

「そんなにつねり心地がいいのかにゃ〜?」
「菊丸先輩、だめですよ」
「ええ、触るのもだめ〜?」
「かわいく言われてもこまります‥」
「もう〜いつも苗字は不二だけ特別扱い!ずるいぞ!」
「幼馴染なんですからずるくないです‥」
「ええ〜?オレも幼馴染ほしかったなあ!いいなあ!オレの幼馴染になってよ!」
「今からじゃ無理ですよ…」

ぷんぷんと可愛らしく怒る菊丸先輩には申し訳ないものの、それでも周助には不思議と何をされても仕方ないと思えるのだからそう言われても困る。乾先輩は一体どんな教育をしたんだ?と周助に聞いていて、それに周助ははぐらかすようにさあ?と微笑んだ。
そしてそんなわたしたちを見て、また薫くんが機嫌を悪くするのだ。荒井くんはついには吐きそうな顔をした。ますます本当に何故ここにいるのかさっぱり分からない。


「ねーどうだったー?」
教室に帰ると友人たちが煌めいた目で見てくるものの、答えられることが何ひとつ無い。
「なんか、桃ちゃんにからかわれて薫くんが機嫌悪くなって荒井くんが恐怖してた‥」

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