月に一度は帰ってきなさい、というのが両親からの「お願い」だった。
見慣れた家の玄関をくぐる。懐かしいような、もう既に違和感があるような。匂いにも。
いずれにせよここが正真正銘の我が家なのだ。着替えの入った鞄を落とし、靴を脱いだ。
「おかえり蓮二」
ひょっこりと姉が襖を開けて顔を出す。ただいまと素直に口にすると、満足そうな笑みを浮かべて彼女は部屋に引っ込んだ。
帰宅するということは連絡済みであるので、いつものことだが夕食には俺の好きな和食のメニューが並ぶ。親が気を遣ってわざわざ好物を用意してくれたのだなと感じると、改めて感謝すると同時に、暗に心配をかけていることに申し訳ない気分にもなった。
既にこちらも成人しているのだから放っておいてくれても構わないのだが、親も親で根が真面目なのだ。そして恐らく俺の嘘にも勘付いている。だからこそ心配なのだろう。その親から生まれた俺も根が真面目であるので、言われた通りすんなりと月一で顔を見せに帰ってきては一泊することにしていた。
家族が嘘に感づいていても問いただしたりしないのは、今まで俺が非行に走ったりしなかった結果の信用であるということは理解している。
平和な団欒の食事を終え自室に戻ると、集めた大量の本が俺を出迎える。愛机の前に座り、愛着のある傷のある木の机の表面をそっとなぞる。
いつもここで、夜は夕刊を読んでいた。親もそれを分かっていて、今日も夕刊が載っている。苗字の家ではこれを読んでいないことを、家族は知る由もない。
一月ぶりのそれをパラリと捲る。新聞紙の匂いが鼻の上をかすめる。
そこにあるのは郷愁のようなもので、胸をさすような痛みは既になかった。邪道のような気もするが、そろそろ電子で夕刊を読んでもいいとふと思った。
ぐるりと部屋を見渡す。壁一面にある木製の棚に入っているのは大量の本と、今まで降り積もるように書きためてきた小型のノートだ。夕刊を読んだあと、いつもその日に知り得た情報をまとめ直していた。
それが夜のルーティーンだったのだ。今となってはその必要もない。
まだ、俺はそのノート達に触れることが出来ないでいる。夕刊を見ても痛まなかった胸の奥がじくりと血を流すように痛んだ気がした。
その瞬間、ポケットに入れたスマホが震えた。手に取ると、珍しく苗字から連絡が来ている。
(明日ぎゅうにゅうかってきて)
取り留めのないたったその一言に、ふと明日ではなく今日帰りたくなった。自分の今いる、親しみのあるはずの部屋ではなく、ごちゃごちゃとものが積まれたあの部屋に。
大人二人でいるには少々手狭で、それでももう居心地が悪くないと思ってしまうあの場所に。
(今から帰る)
(え、夕飯とかないよ)
(実家で食べた)
(いいな何食べたの)
(鰆の西京焼き)
(なにそれおいしそう。わたしはまだなにも食べてない)
(何か買って来てくれと素直に言えないのか)
今日は泊まらずに帰ろうと、持ってきた着替えの入った荷物をそっくりそのまま背負った。
本棚から、夏目漱石の草枕を手に取る。あいつの家に図書館で借りた以外の本を持ち込んだことは無かった。
無性に、何か明確な自分のものを持っていきたい気分になったのだ。
(ケーキも買ってきてくれていいのよ)
(それは無駄遣いだ)
(けち)
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