「洋服買うなら、ZOZOTOWNだぞ!」
「……………」
「無言かよ柳」
柳の線の細い、ピンと張っている背中を蹴ると冷ややかに「お前は馬鹿なのか?」と言われた。確実に柳よりは馬鹿である。
柳はここ最近夏目漱石を読み返すことにハマっているようで、今彼が読んでいるのはかの有名な坊っちゃんだ。流石にそれは読んだことがあるものの、たまに、何それ?と言いたくなるタイトルのものも読んでいる。わたしがバカで夏目漱石に明るくないだけなんだろうけど。
漱石に限らずではあるが、柳は本当に本が好きだ。話題の本からどこで買ってきたの?というような本まで幅広く、読んでいる本のジャンルは多岐に渡り、とにかく彼は活字が好きらしい。活字中毒なのか知識欲が深いのか、どちらが正しいと言えるのかは図りかねている。蘊蓄魔人だから恐らくそのどちらもなんだろう。
漱石の文章のクセがそんなに好きでは無かったので漱石の著書を好んで読んではこなかったのだが、自他ともに認める本の虫である柳が特に漱石を好んでいるので、そんなに面白いならもう一度読んでみたくもなる。
今もクッションに腰を落ち着かせながら、柳はそれは楽しそうにそれを読んでいた。とはいっても基本ベース無表情に近い彼の表情の変化は大きいわけでもなく、単に一緒に暮らしているからわかるだけの話だ。
わたしは漱石よりも三島由紀夫と太宰治という近代文学の中ではイカレ組(褒めてる)が好きなので、柳とは趣向が合わない気もするものの。
「坊っちゃんってどんな話だっけ」
柳のめくる本の裏表紙を見ながらフローリングに寝そべり言うと、柳は驚いたように目を見開きわたしを見おろした。彼が開眼するのはなかなかお目にかかれないのでレアである。しかし怖いのでやめてほしい。
「読んだことがあったのか…」
「え、滅茶苦茶失礼じゃない?これでも文学部なんですけども」
「そういえばそうだったな」
柳は親指でさす、と本を撫でると、「まあ、馬鹿で面白い男の話だな」とざっくりそう言った。全くわからん。一欠片もストーリーを思い出せない。
「えーあとで読まして」
強請るようにふざけて両腕を差し出して見せる。
「今でも構わない」
「え、まじで?」
ぱたんと読みかけだった本は閉じられ、す、と差し出された坊っちゃん。柳の指は長くて女爪で綺麗だなあと、どうでもいいことを考えつつ戸惑いながらもそれを受け取る。本当はZOZOTOWNで一緒に服買わない?って言おうとしてたけど、まあ、いっか。でも柳がいつも着てるパーカー大分くたびれてるから、新しいの買った方がいいと思うんだけどな。わたしに言われたくないかもしれないが。
古本屋で買ったのか、坊っちゃんは全体的に茶色く煤けた色だ。独特の匂いもする。古書のこういう感じは嫌いじゃない。色々な人の手から渡りに渡って今わたしの手の中にあると思うとなんだか不思議な感じがする。逆にこういうのが苦手で新刊しか買えない人もいるだろう。
表紙の角はくたびれ折れ曲がっていた。中の文字も少し古いフォントで若干読みづらい。
「前に坊っちゃん読んだの小学生の頃だったと思うけど、わからない言葉とか辞書で探すの面倒でさ。だから余計に中身を覚えてないんだよね」
苦戦しながらもなんとか読んでみようとしていた小学校の図書室の光景を思い出して、そう口にした。
柳は案の定、いつものように呆れている。
「お前は昔から面倒くさがりだったのか」
「柳はいちいちちゃんと辞書でひいてそう」
「当たり前だろう。基礎的なことだ」
「はは、すんごい当たった」
取り留めもない会話をしながら、今度こそわからない言葉をちゃんと調べて読んでいく。グーグル先生にも聞く傍ら柳に質問してもきちんと答えが返ってくるので、さすがだなあと恨めしく羨ましい気持ちがないまぜになった。
うらなりの唐茄子って、ちょっと面白い言葉だ。小さいかぼちゃか。
久々に読み進める坊っちゃんは落語のような感じもして意外と面白く読めた。
感想をいちいち言いながら読んでいると、漱石の明暗を読みだしていた柳に黙って一通り読めと怒られる。
ペラペラとお互いの読んでいる本の紙が擦れる音。少しだけ開けた窓から差し込む雨の前の風のにおい。
こういうのも、たまには悪くない。
前 | 次
top