閑話
一般教養、通称パンキョーの講義は、通常の講義より広い教室で行うことが多い。他の学科の人たちも合同で受けるからである。
前日夜のわたしはいつも通りゲームに勤しんでいたのだが、ドラクエが好きすぎる民であるが故に気が付いたら時計の針は朝の4時を指していた。やめどきが分からなかったのだ。
あ、なんかもう大学とか放棄したい。講義もなんかもう、どうでもいいです。という気にもなったのだが、私大に大枚をはたいて進学させていただいている身ではあるので、仕方なくボス戦の区切りでコントローラーを手放し仮眠をとった。
くそ、あのボスを倒すためにはもっとレベル上げが必要だ、そんな念仏を唱えながら。

寝覚めは当然よろしくなく、重い体を引きずってなんとか自転車を漕いで大学に向かう。太陽がまぶしすぎる。DIOにでもなりたい。わたしの手足となって動いてくれる部下がほしい。ほんと目が痛い。
教室の端の席を陣取りノートを広げ、シャーペンを手に取ってみる。恐ろしく眠い。教授がぼんやりと話していることは次第に子守唄と化し、自分の指先からもするすると力が抜けていく。
教授という肩書の生き物たちはもう少しハキハキと話せないものなんだろうか。人に話を聞かせる立場なのにどうしてこうも自信なさげなのか。勉強頑張ってきたから教授なんでしょうちゃんとして。聞かせるつもりがないのか。それに何そのネクタイの柄。というかいいよネクタイとかしてこなくて要らないでしょクールビズクールビズ。
なんかこう、もうちょっと、なんとかさあ、ならんもんなんかね。

思考がぐちゃくちゃと行ったり来たりしては消えていく。


はっと気が付いた時には15分ほど経過していて、完全に自分が眠ってしまっていたことを悟った。また傾げた自分の頭は当然下を向いており、口からはつーっとノートに涎が垂れている。やべっと思い咄嗟にゴシゴシと口元を擦ると、隣の席から視線を感じる。
身長の高そうな線の細い男子が、汚物を見るような目で、糸目から確かにこちらを見ていた。
あ、え、汚くてすいません。
ぺこっと何とはなしに頭を下げると、男子はふいっと視線をそらす。逸らすくらいなら最初から見ないでほしい。涎に気が付いた時点で見なかったことにしてくれよ。何で視線があってから逸らすんだよ。さすがにブスって言われ慣れてるわたしでさえ傷つくよ。心の内でキレ芸を発揮してしまった。
それにこの隣の男子、見れば見るほどものすごい糸目だ。え、マジで目ぇほっそ。ほっそ!
ドラクエの悪役にめっちゃ似てる。というか昨日倒すはずだったボスに超似てる。ひっそりと横顔をちらちらみながら、こういう顔の人っているんだなあと思った。

涎が垂れたノートの箇所はティッシュで拭いたものの、もう使う気にはなれなかったので他のノートに重要な箇所だけ写して捨てることにした。




「あ、ドラクエだ」
「え、何が」

ユカと歩いていると、構内の掲示板に貼ってある記事にあの糸目の彼が出ていた。どうやらテニス部の記事らしい。
活躍がどうのと興味もそそられないスポーツの記事は目の上を滑っていく。

「立海ってテニス部なんてものがあんだね、サークルじゃなくて」
「強い人が結構いるらしいよ知らなかったん?名前」
「知らなかったーへー」

他の人も色々特集されていたのだが、やはり糸目の彼がどうしても気にかかる。三次元に生きる悪役である。

柳蓮二くんね、へえ。

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