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ジャッカルがあのよぉ、と言いづらそうに口にした。ロッカーが音を立てて閉まると同時に。

「なあ、今夜暇だったりするか」
「どうしたジャッカル」

不思議そうに丸井がガムを膨らませ首を傾げている。

「やーすげー行きたい店があんだけど、1人じゃ明らかに入り辛くてよ‥」
「なんの店なんじゃ」
「レストラン」
「レストランだあ?彼女でも連れて行けよな」
「ブン太てめえ…俺に彼女がいねえの知っててそれを言うのはナシだろ、いたら彼女連れて行きたいっての」

部活終了後、それなりの時間で夕飯時ではある。部室に居残っていたのはいつも理由もなく共にいる同学年のメンバーだ。
ジャッカルの行きたい店の詳細を聞くと、店構えが格式ばっている割に値段はそれほど高くなく、何よりコーヒーの味に定評があるレストランらしい。大学からは1駅の距離だという。
コーヒー党であるジャッカルは大学周辺のコーヒーの美味い店ならあらかた把握している為、その店の味も確かめてみたいらしい。その意気込みで他の親しい女子でも誘えばいいと思うのだが、恋愛に関してジャッカルは奥手気味なことは知っている。
レビューを見る限り肉もうまそうだと、ジャッカルがサイトに掲載されている写真を提示した。それに弦一郎が食いつき、精市も便乗する形で一緒に行くことになる。柳はどうする?と聞かれ、同行することにした。
堅苦しいのはパス、と店の見た目で丸井と仁王は遠慮する。柳生は今日は部活に来ていないため、俺を含めて四人で夕食をとりにいくことになった。

行きの道すがらぽつりぽつりと話をする。共に過ごす時間が長い、良く知った仲間な為、話すこともあれば話さないこともある。黙っていても居心地のいい空間を俺は気に入っている。だからどうしてもテニス部からは離れがたい。

たとえ自分が泥沼に沈むような気になったとしても。

存外大学生活は短く、限られている。もう残り少ない彼らとの時間を、苦しくとも大切にしたいのだ。

「ほう、なかなかの店構えだな」

弦一郎が店の前に立ちそう零す。サイトの写真は見ていたものの、実際に見たその店の印象としては確かに堅苦しいものがあった。建物自体が相当古い。
真四角の特殊な形をしており、窓枠は縦に細長く、嵌め込まれたガラスは年代物のようで波打っていた。店に入る扉までは数段階段を登らねばならず、扉そのものも見た目から重厚感がある。数度塗りなおしたような不自然な白の外壁だ。

「なんというか、レトロだね」
「そうだな」

精市の言葉に同意し、ひとまずは店に入ることにした。見た目通りの重さの扉をふたつくぐる。寒さ対策の為だろうか。
店内に入るとオレンジ色の照明がやわらかく、プロペラ型の換気扇がいくつも回っておりジャズが薄く流されていた。

「いらっしゃい、ませ。4名様ですか?」

聞きなれた声、見慣れた顔。サロンエプロンを身につけた赤い髪の苗字があからさまな営業笑いでそこに立っていた。ああ、とジャッカルが頷くとテーブル席の一つに案内される。客は俺たち以外には一組しかおらず、店内は閑散としていた。

苗字のバイト先はここだったのか。扉同様少し重さのある黒の革張り椅子を引き座りながら、考えた。分かっていたことを改めて。
俺は苗字のことをあまり知らないことを。そして苗字も、恐らく俺のことをあまり知らない。

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