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いつになく大きな音を立て、荒々しく玄関の扉が閉まる。眉を顰めながら読んでいた活字の上から顔をあげた。

「柳、バッセンいこバッセン。明日空いてるよね」

夜、アルバイトから帰ると怒り心頭といった様子で部屋に飛び込んできた彼女は唐突にそう言った。

「バッティングセンターか?苗字は野球が出来るのか」
「出来ないしやったことない!でもストレス発散にはいい気がする」
「バットにボールが当たって飛ばなければストレス発散にはならないと思うが?」
根本的な問題を口にしたものの、ヤカンで湯でも湧かせそうなほど怒っている彼女が聞く耳を持つはずも無く。
「いいの行きたいの!だから行こう!」

聞くと少々料理に難癖をつけてきた客がいたらしく、店の内装に唾を吐いて出たということで怒り狂っているようだった。鼻息荒く苗字は冷蔵庫から牛乳を取り出すと、パックをそのままに一気飲みしている。その様子はさながら予測不能な動物のようだ。

「その客はさすがに品が無さすぎるな」
「そうでしょうそうでしょう!」
「苗字にも品を感じたことはないがな。牛乳一気飲みか。後で腹を下しても知らないぞ」
「それここでいう必要なくない?ねえ今傷付いた」

苗字はどうやら、先日のアルバイトの様子を見てもバイト先のことを相当気に入っているようだ。
特殊な構造の建築物であるし、思い入れがあるのだろうということは苗字の様子から納得がいった。

彼女は面倒くさがるポイントでは動こうともしないが、興味があることは金と時間をつぎ込んでも熱心に心を傾ける傾向がある。
つまりは彼女が熱心にやっているゲームのことだ。次点で関心があるのはバイト先だろうか。

明日の用事がないのは事実であったので、たまには付き合うのもいいかと一緒にバッティングセンターに出掛けることにする。



「当たんねえ…」
「ここまでバットにボールが当たらないとは。予測の範囲内ではあったが」
「ひでえ‥自分にがっかりする‥」

苗字は根本的に腰が引けており、90キロの速さで飛んでくるボールにおっかなびっくりな様子だった。どうしてここに来ようと思ったのか。ストレス発散どころではなく苗字は疲れ果てている。

「野球選手まじすげえ‥大谷選手は160キロのボール投げるんだっけ。やべえ。柳はどうすんの?何キロでやんの?」
「120が一番早かったな?」
「そうだけど本気かよ」

俺も券売機で券を買い、コインと交換する。ベンチに座り順番待ちしながらボールを見る。隣に座る苗字はボール見えないじゃん、と呟いていたがあれくらいであれば何の問題もない。
モスグリーンのネットの中に入り金属バットを握る。バッティングセンターに来たのは久しぶりだった為、この重さも久しぶりだ。ラケットより600g重い。一球まず見逃し、間近の体感、コースを確認する。二球目はコースにバットを当てるだけ。
データは取れた。

「柳もう当てたの?すごくない?」

苗字の素っ頓狂な声が後ろから聞こえ、ちらりと彼女を見るとまじまじとバットを見ていた。ネットにしがみついている為、危ないから離れていろと言おうとしたが、後ろに飛ばすヘマをしなければいいだけの話だ。
三球目からは思い切り前に飛ばす。今の力で飛距離はどれくらいかと頭の中で計算する。そこからは全球奥のネットの同じ位置にぶつかって消えた。

「柳すげえ、超すげえ」

外に出ると、苗字が生き生きと輝くような目で見てくるので痒いような気になった。

「あれくらいは普通だ」
「普通じゃないよ絶対。野球選手になれるよ柳」
「バッティングセンターのものは機械で球を飛ばしている。軌道は一緒だ。それさえ分かれば飛ばせるようになる。それに金属バットなのだから飛びやすいに決まっているだろう」
「はえ〜!それでも分かるんだからすごい、すごいよ」

手放しでこんな風に褒められたのは、いつ振りだろうか。それもテニスでないスポーツで。
こいつはいつも俺をすごいと素直に褒める。

俺は、苗字のこの裏表のない素直さというものを存外気に入っているのだ。

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