精市に呼び出され駅前へと小走りで向かう。雨が過ぎ去った後のコンクリートを踏みしめると水滴が飛び、ジーンズの裾がかすかに濡れた。
急ぎの用事ということで来たのだが、雑居ビルの中にある居酒屋は騒がしい空気で満ちていた。篭った匂いはどうにも好きになれない。顔を顰めながら、店員に待ち合わせの個室に案内される。
茶色の安っぽいドアをスライドさせると、焼肉の焦げた匂い。それから奇妙な組み合わせの3人にひやりと肝が冷える。
「苗字…?」
そこには精市とジャッカルと苗字が網を囲んでいた。
精市は見透かしたように俺を見て微笑み、ジャッカルの顔は青白い。苗字はというと、テーブルに突っ伏して眠っていた。赤い髪が無造作に散らばっている。
「すまないが、状況を説明してくれ」
テーブル席の空いた一つの椅子におもむろに座り、頭を抱える。
「さすがの蓮二でも、この状況は予測できなかったみたいだね」
「苗字、おい柳が来たぞ。お迎えだ」
「……………」
赤也から俺に彼女が出来たらしいと聞き興味本位で詳細を聞き出した精市は、髪色から苗字のことを思い出したという。確かに燃えるような髪色の苗字は一目見ると印象的なのだった。
苗字といつの間にやらすっかり顔見知りになっていたジャッカルを連れ店へと向かい、カマをかけてみると噂のその本人だったため、バイト先から連れ出しここで呑んでいた、と。
「柳、こいつ酒強すぎねえか。幸村は置いといて俺は死にそうだぜ‥」
げんなりとするジャッカルは相当酒臭い。彼はアルコールに強いタイプなのだが、苗字も相当飲める口であったようだ。
精市は全く酒を飲まない為、付き合わされる被害に遭ったのはジャッカルだけだろう。
椅子から立ち上がって苗字を起こしにかかる。
「おい、起きろ」
一緒に酒を飲んだことはないが普段から寝起きの悪い彼女のことだ、酒が入ればもっと起きにくくなるに違いなかった。おもむろに赤い髪を引っ張るとかすかにう、と呻き声をあげる。
「蓮二、随分乱暴だね」
「こいつはなかなか起きない」
「へえ、よく知ってるね」
精市のこの様子だと、苗字とただの親戚関係だということは疑われているようだ。調子に乗って妙なことを口走っていないかと苗字に問いただしたいところだが、当の本人はぐっすりと深い眠りに落ちているようだった。
その後も叩いたりしてみたのだがスヤスヤと気持ち良さげに眠り続けている為、仕方なしに背負って帰ることにした。強烈なアルコール臭に遣る瀬無い気分になる。せめて雨が止んでいてよかったと思う。この状況に加えて傘をさしたら、家路が途方もなく長く感じただろう。
苗字の腕を引っ張り背中に乗せる。ずっしりと重い。連れて帰れないほどではないが、たまに動けなくなった部員を背負うこともあるせいか何となく彼女の体重が分かってしまった。
苗字はバイト帰りが遅いため必然的に夕食をとるのも遅くなるとはいえ、その後ゲームをしながら間食を続けるのは良くない。明日忠告しておこうと心に決める。
「扱いにいちいち遠慮がないね」
「精市はやっぱり付き合っているんじゃないの?と言う」
「その通り」
精市は相変わらずおかしそうな、おもしろいものを見ているような顔をしている。面倒なことになったとため息をついた。最近溜息の回数は確実に増えている。
「だって蓮二、嫌いな人間はすっぱり切り捨てるじゃないか。その子、何かとルーズで蓮二の嫌いなタイプだろう?」
「ああ、その通りだが」
「それでも仲が良いなんて、その子には何があるんだろうな」
「そんなことは俺が一番知りたい」
「おや、データを取るのをやめたから分からないんじゃないのかい?」
薄々感づいてはいる。
こいつに惹かれていることを。何故惹かれているのかということを。
前 | 次
top