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「姉貴、大学楽しい?」
「んーぼちぼちかな。あんたは受験勉強どうなの」
「ぼちぼち」
「あんだよ真似すんな」
「あー?げえっ!姉貴のクッパ強すぎだろ」

ぶっちぎりでわたしがゴールを決めると、弟は顔を歪めた。勝ち誇ったドヤ顔を披露すると太腿を蹴られる。八つ当たりかよ。つーかこれわたしも柳にやってるわ。腐っても姉弟なんだわ行動がそっくり。

すると、ふと遼が溜息と一緒にとんでもない悩みを零した。

「俺大学行くのやめよっかな」
それに思わず、素っ頓狂な声を放ってしまう。
「はあ?なんで」
「親に敷かれたレールに乗ってるから、このままだとなんだかねえ」

高校に入学しても変わらず優秀街道をひた走っていた弟のそんな悩みを聞いたのは初めてで、驚いた顔で見ると彼は自嘲気味に微笑んでいた。そして長身を屈ませ、唸る。
1stの文字と一緒にクッパが未だに画面の中ではしゃぎ続けているのが何だか妙にこの部屋の色彩の中で浮いている。

遼もそんなことを言うとは自分でも思っていなかったのか、それともその言葉は決死の覚悟で口にした悩みなのか、しばらく家に寄り付いてもいなかったわたしには遼の心中など知る由もなかった。

「あんたやりたいこととかないの?」
「んー‥考えたことねえな」

そんなぼんやりした台詞に苦笑する。

「じゃーあとからゆっくり見つけたらいいんじゃん?勉強嫌いじゃないんでしょ」
「まあそうだけど」
「ならとりあえず大学行っとけば?猶予期間が伸びるし、何よりその出来のいい頭は人の役に立つのに勿体無いよ」
「あそう」

なんだかなあ、と再度ぼやく彼は、わたしに引け目のようなものもあるのかもしれない。
以前リビングで、遼が親に噛み付いているのを見たことがある。何で姉貴のことは見ないのかと。
弟にそんなことで庇われるのは恥ずかしくてならなかったことを思い出した。

わたしよりずっと出来のいい遼の悩みを聞いたのは、そういえば初めてかもしれない。

「大学は色んな人と話せるのが楽しいよ。少なからずそれだけでも価値がある」

不登校気味になり、最初にハマったのはネトゲだ。
パーティを組むメンバーに声をかけてモンスターを討伐する。目標を達成してチャットを送って返ってくるレスポンスに笑顔になる。
何処にも居場所がないあのころのわたしの居場所だった。
オフ会には何度も参加して、色んな人と話をした。わたしはなんて狭い世界に生きていたのかと思った。
大なり小なりみな悩みを抱えて生きていることを知り、自分が情けなかった。

わたしが処女を捨てたのもその頃だ。そして気がついたのは、人の体温の気持ちよさ。ぽっかりと空いた心の隙間を埋めてくれる。人が近くにいるって素晴らしいことだ。とても安心して、気付けばその安心感を求めて男の人を引っ掛けて遊ぶようになっていた。
その時だけは孤独を感じずに呼吸できた。

「姉貴がそう言うなら行ってみっかな‥大学」
「うん。…やりたいこと見つかるかもしれないし、行ってみてダメならまた考えなよ」
「そう、しようかな」

その迷子の顔はいつの日かの柳と同じものだ。
柳を拾った時、わたしと同じ匂いを感じた。人生にどこか挫折している最中の人間は、みな似た顔をしているものだと、色んな見知らぬ他人に接して気がついた。
そしてそこから立ち直ってしまった人間の顔も知っている。



わたしはまだモラトリアムの中にいる。自分のやりたいことも見つからない。

本当は弟にこんな偉そうな年上ぶったことを言える立場ではないのだ。

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