03
学食では、いつも安いメニューを頼むことにしている。具体的な数字でいうと500円以内が限度で、理想は300円以内だ。
湯水のごとくソシャゲに課金してしまう廃課金プレイヤーとしては、食費は最低限に抑えたい。
よって今日の昼食も月見うどんに確定した。月見うどんの値段、250円。わたしの昼食の月見うどん率は60%越えだと思う。

ああ、いやだな。また数字を頭に思い浮かべてしまった。これは多分、柳のせい。

学食のいつものおばちゃんに食券を手渡すとすぐに出てきたうどんのトレーを抱えて適当な席に着くと、ユカさんがやってきた。姫カットで、先祖ギャルのようにスマホにじゃらじゃら戦国武将のアクキーがさがった女である。
ユカさんの昼食は鯖味噌定食だった。鯖定食は450円なので正直あまり注文したことがないが、美味しいしお吸い物や漬物も付いているのでコスパはかなりいい。こくりと唾液を嚥下する。あとで鯖をひとくちもらおうと決めた。
そしてユカさんといつものバカな話をしはじめると、彼女は最近お気に入りの話題を語りはじめた。

「ねえさっき、テニス部そこにおったん」
「そう」
「反応が薄いよ」

ずるずる。うどんに黄身を絡めながらすすりつつ淡白な反応を返すと、ユカさんは微妙な顔をした。
わたしは運動に興味がない。運動にまつわるもの全てに興味がないのだ。ユカさんも別段興味はないらしいのだが、ユカさんは2次元も3次元もいけるタイプのオタクであり、特にイケメンが好物なのだ。
立海大のテニス部は噂によるとイケメンが多いらしく、ユカさんは最近ことあるごとに彼らテニス部を推してくる。構内では普通に歩いている姿しか見かけられないため、練習しているところを見たいらしいのだが、女子人気が非常に高いテニス部なので1人見学は気がひけるとかで、どうしても一緒に行こうと誘いをかけてくる。

「ねえ今日こそ観に行こうよ〜テニス部」
「ええ‥」
「テニス部ってすごいんだよ、幸村真田仁王っていう苗字のラインナップ奇跡じゃん」
「ユカさん絶対はじめに興味持ったの苗字だろ」
「はは、バレたか」
「真田幸村って名前の人いないの?」
「そこまでだだ被りだと流石に狙いすぎだろ、親の顔見たくなるわ」

そんな勝手なことを言いあいながら、ユカさんの鯖定食に箸を伸ばす。すこしおねだりするとこいつ、と言いながらも彼女は快く鯖を分けてくださった。優しい。

「とくに幸村って人が美の化身なんだよーまじ見て欲しいし堪能しておくれよイケメンを」
「その人が推しなの?」
「そう、かなり」

ユカさん的推しはそのひとでどんな感じに美しいのか力説してくる。ほう。

なんだかんだと今まで彼女のお誘いを断ってきたのだが、ぼんやり、そんなに難しく考えなくてもいいのかな、と思ったりし始めた。

瞼の裏に、一瞬浮かぶ。芋虫のように、布団に潜り込んで丸まった柳の背中。

立海大テニス部。柳の所属する部活。なんなら全国的にかなり名が通っているとかなんとかいう部である。彼が親しくしている人たちがいる部活。それだけは知っている。
柳はなにかと律儀なので、夕飯が要らないときなど部の人間と食事してくる、とわざわざ報告してくれることがあるのだ。彼はとても変わっているので友人は少なそうな気もするが、真面目だし賢いし、部活内ではうまくやっているらしい。

そんなテニス部を野次馬でも観に行くことは、柳のプライベートを積極的に知りに行くようで、気が引けたのだ。

しかしそれはそれで気を使いすぎているような気がしなくもないし。

あまり難しいことを考えるのはわたしの脳みその容量に合わないな、と考え直し、軽率にイケメンを見てアドレナリンを放出させたくなったので、ユカさんの誘いを了承したのだった。

|
top