もう今更愛されたいだとか、そんなくだらないことは思っていない。
だってもう頑張りたくないし。そんな疲れることはやめたのだ。好きなことだけして生きていきたいのに。クズだしバカだしどうしようもない、自分がそんな人間であることはとっくに知っていて、変えようとも思わない。
でも襲い来る寂しさという感情は抗いようのないもので。
どう足掻いても朝というものはやってくる。
「なに、煙草吸いたい?」
名前もよく知らない、多分ちょっと年上であろう男がベッドの上で半裸で笑う。差し出してきたよく分からないメーカーの煙草に手を伸ばした。この男は愛煙家らしく髪や指からはたばこの匂いがする。
吸ってはみたものの吸いかたがよく分からずに咳き込んだ。不味いし臭い。
「へたくそだなあ」
「うるさいよ」
どう思われても構わないので、一夜限りの男に敬語を使ったりはしない。煙草を突っ返すと裸のまま立ち上がって浴室に籠り、シャワーを浴びる。他人の匂いは鼻の奥までへばり付く。
柳は爽やかでいい匂いがしたなと、思い出したくなかった柳と比較してしまい首を振った。流れてしまえ、そんな無駄な感情は。
家中かしこに感じてしまう、柳の姿から逃げたくてここにいるのに。
ホテルの浴室から出ると、ゲーム音がする。さっきの男がやっているらしい。普通であれば、何してるのと一言くらいはかけたかもしれない。
ただ、今さっき思い出した柳蓮二という男の顔が脳裏に染み付いて消えてくれないので、もういっそ帰って寝る事に決めた。
あと今更だけどこの男の匂いが、もういやだ。
無言のまま服を着て、鞄と財布を手に取った。
「え、なに帰んの。また遊んでくれる?」
背後から肌色がむきだしの男の腕が絡みついてきて頭に顔を埋められると、ぞわぞわと嫌な鳥肌が立った。
「考えとくよ」
二度と遊ばないと思うけどな。そう心の中で独りごちて、精算機にお金を突っ込む。
こういうときのホテル代の支払いはいつもわたしがしている。
寂しさは少しの時間一時的に感じなくなるものの、相手を利用してしまった罪悪感を微かに抱えることになる。だからせめて、自分の中の罪悪感を軽くするためにお金を払う。
相手もどうせ一夜限りのことと思っているのを分かりながら。
いつだってわたしは自分のことしか考えていない。
サンダルに足をつっかけて荷物を抱え直し、外に出た。もう自分で自分がめんどくさい。
ホテルのある通りというのはだいたい汚いものだ。空きカンを蹴飛ばして、繁華街を抜けて駅に向かう。朝日が目に眩しい。痛みきった真っ赤な髪が風をうけて頬に刺さる。
人通りの少ない道や混雑を知らないような電車はこういう日でなければなかなかお目にかかれない。いつも、どこに行くにもギリギリまで眠っているからだ。
ふあ、と思わず欠伸をひとつこぼす。
途中のコンビニで調達した惣菜パンが入った袋をぶら下げてアパートに辿り着き、部屋の前まで行くと、そこで1人の男が座り込んでいるのに気がついた。
こいつの姿を見かけるのは1週間ぶりだ。何故ここにいる。
「なにしてんの、柳」
「………お前こそなにをしていたんだ」
連絡したのにどこにいた、と寝起きのような疲れた掠れ声。覗き込んだ柳の顔色はひどく悪く見えた。
ごそごそ携帯を取り出して画面を見てみると10件もメッセージ。3件はサークルのものだったが、残りは全て柳からだった。
家に来たものの帰っていない様子のわたしを心配している内容で。
まさか、一晩中ここでわたしの帰りを待っていたんじゃあるまいな。
「ごめん。合鍵も返してもらっちゃってたから、入れなかったんだ」
忘れ物でもしてた?と聞くと単行本を一冊押し入れに忘れたようだと柳は答えた。
玄関扉を開くと開けっ放しだった窓から風が吹き込んでいる。
「………ところで、昨晩はどこにいたんだ」
「それ、柳に関係なくない?」
想像以上に、わたしの口からは冷たい声が飛び出していた。
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