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見慣れた自室の椅子に座り込む。
そして眉間のあたりを親指の付け根で揉みほぐした。
机用の照明はタッチ式だ。シルバーの金属に触れるとぱっと白い明かりがつく。

いつもの大学用のリュックサック。小さなメモ帳たちは定位置にしまい込んでいる。チャックをあけた内側のポケットの中だ。
その中のひとつを取り出してめくると、今日集めてきた情報が改めて、俺の目に飛び込んできた。

「なんであたしらがあんたに協力しなきゃいけないわけ?」
「柳?さん。あんたさあ、すげえ幸せに育ってきたでしょ。無理だよぜってえ。アイツメンヘラだもん」

手芸サークルの部屋を訪れた俺は、想定してはいたのだが歓迎されなかった。そこにいた内の女三人が特に苗字と親しいそうで話をしたのだが、類は友を呼ぶというか、三人揃って口が悪かった。
恥を忍んで苗字を想っていることを告げようがどこ吹く風。しかしそれも当然なことではあった。彼女たちには俺に協力するメリットなど何一つとして存在しない。

「幸せに育った人間ってさあ、そうじゃない人間からしたら理解不能な存在なわけよ。だからあいつと一緒にいて幸せな恋愛が出来るとか夢見てんだったら、すげえ無理な話だって思った方がいいとおもうけど」

ときに冷淡に、時に攻撃的に。
一番反応があったのは、橋本涼という女子学生だった。
身長は146センチ、体重32キロ、AB型。帰国子女枠の英文科。
今後も一番情報が聞き出せそうなのは彼女だろう。

「あんたさあ、たぶん、家にいられないなって思ったことないでしょ。親に話しかけるのが普通にできて、親に当たり前のように愛されてきてさあ、そういうのがすげー幸せなことだって、考えたこともねえんだろ。そういう人間って、人を普通に好きになんのが自然で当たり前だと思ってんだよ。
あんたみたいなやつが、一番ムカつく」

それはただの僻みじゃないのか、と言いたかった言葉は飲み込んだ。
人は生まれてくる環境を選ぶことなどできない。

俺が柳の家に生まれたのは俺が選んだことではないが、俺が親に愛されながら育ったのも、真面目な親に一般的に育てられたのも、ごく自然に受け入れてきたことだった。その中でテニスやデータを好んだことは俺が選び取ったものかもしれないが、選んだものをやらせてくれる環境下にもあった。
逆に、苗字が苗字の家に生まれたのも苗字が選んだことではない。彼女がどんな家庭に育ったかまでは分からなかったが、あの橋本の言い方であれば、苗字は家庭環境に何らかの問題を抱えながら育ったのだろう。

「人を当たり前のように好きになる‥」

そう、噛み砕くように口にしてみる。
苗字には好きな人ができたことが無いのだろうか。
人を好きになって、好きになられて。そんな、俺が今まで普通にしてきたようなことが。

柳蓮二はーーーーーーーー俺は今まで、俺という人間を見失うまで、情緒的な部分には欠けた人間であったような気がする。
どれだけ沢山の小説を読んでも、すべてが表面的なものであったようにも感じる。登場人物の苦悩や煩脳といったものを、自分の身に投影して考えたことはない。本を読んで興味深いという感想を抱きこそすれ、怒ったり涙したり、感情的になったことはないのだ。
友人の悩みに相談に乗っても、心の奥底から寄り添って考えてみたことはあっただろうか。
俺の脳内には知識として蓄積されるばかりで。

俺たちの間に足りないのは、言葉だった。
だから俺は考えなければならない。情報を集めて、分析した、その先まで。今までにしたことのないところまで。

今日も考える。彼女の心に届くその言葉を。

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