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にやにやしたイヤらしい顔のまま、表情を覗き込んでくる仁王という男が、わたしはとても苦手らしい。と、なんとなくカラオケまで一緒についてきてから気がついた。どうやら酔っている。
いつの間にかユカも消えていた。仁王が追い払ったのだろうか。

こいつには柳のような真面目な感じもないし、この前仁王が一緒にいた奔放そうな赤髪の男の自由気ままな感じもない。ジャッカルのような苦労人のような感じも当然ない。
多分仁王はわたしと同族だ。
適当なことを口にして、自分自身もすごく適当で、異性とよく遊んでいる。何も考えずに嘘をつける、そんな人種。
でも、こいつよりわたしのほうがマシだと思いたい。仁王という男はなんとなく薄気味悪い雰囲気が漂う。そのニヒルにあがった口角が。酒によって気持ち悪くなっている頭が、もっと気持ち悪くなる。
しかも更に都合の悪いことに、ソファで項垂れているわたしに仁王はのしかかってきているのだ。店員さん、犯人はこいつです。ここにいます。

「顔近づけるなよ。きもい」

目の前に迫る仁王の顔。仁王の薄い胸板を押すが、酒飲みの女と成人の男の力の差は歴然としていた。
ひょろっとした体と同じ、薄い唇がわたしのそれに触れそうだ。

「なかなかイケメンじゃろ?ちゅーするか?ん?今なら出来そうな気するわ」
「クソブスって人をバカにした後によくキスする気になるなお前」
「そこまでは言うとらんじゃろ。さすがに被害妄想ぜよ」
「目が言ってんだろうが。‥うわマジかよキモッ」

キスというより、動物がやるようにぺろりとわたしの唇を舐めてきた仁王。
軽薄そうなその顔立ちが、嫌いなものを口にしてしまったように歪んだ。いやお前がやったんだよ馬鹿かよ。

「俺、お前のこと嫌いじゃ」
「わたしも好きじゃねえから安心しろよ。つーかなんで舐めたんだよ」
「なんとなく。味見?」
「さすがに引くわ」

一仕事終えたかのようにこきり、と首を回した仁王は、静かに立ち上がって向かい側のソファに座る。そして疲れたようなため息を零したのだった。
なんでお前が疲れてんだよ。疲れたのはこっちだよ。

「柳がおまえさんのこと好きな理由が、今んとこ俺にはさっぱりわからんぜよ」
「え、柳なんでそんなことまでバラしてんの‥」
「筒抜けぜよ」
「男子大学生こわ‥女子かよ‥」

柳があの無表情のまま、恋愛相談を仲間内に持ちかけているのを想像すると気持ち悪いやら薄ら寒いやらでゾッとした。

それに、柳の恋愛感情なんて、

「わたしにもわかんない。気の迷いでしょうよあれは」
「そうだといいんじゃがの」

はあと深く溜息をついた仁王は、わたしに許可を取るまでもなくタバコを取り出して火をつけた。その間数秒だったので、わたしはただその行為を見ていた。
紫煙が燻る。ふー、と白い息が吐き出されて、換気扇の方に消えていった。
喫煙者は禁煙者に多少の気を使ってタバコ吸っていい?と聞いてくるものだとばかり思っていた認識を、わたしはこの瞬間改めた。
煙草くせえなあ、と口にしないまま仁王を睨みつける。仁王は虚空を見つめている。
カオスだなあ、なんでここにいるんだろうなあ、帰っていいかなあ、と内心白目を剥きつつ、仁王が一本煙草を吸い終わるのを待った。

じり、と煙草の先端の赤い灯りが銀色の灰皿に押し付けられると、仁王は重たげにまた口を開く。

「俺は、お前さんが羨ましいのかもしれんぜよ」
「はい?」
「さんざん、今まで、高校卒業まで六年もずっと助けてもらっちょったんに、何も出来んかったから」
「………………」
「助けられはせよ、助けたりしたことなんてなかったんじゃ。‥だから‥俺何言うとんじゃろな、あんたに」
「ほんとだよ」

ますます仁王は疲れた顔になって、ぐったりした。だからなんでだよ。

何となく、彼の言いたいことはわかった。
仁王という目の前のこの男は、柳の抱えた深淵に気づいていたのだ。そしてそれを彼が乗り越えたことも。また、それにわたしが関わってしまっていることにも。

この前の弟の件といい、最近ぽろりと人の内心を聞いてしまう機会が多すぎやしないだろうか。
柳の悩みの種なんて、ずっと聞けなかったのに。
結局柳のそれが解決したのも、柳の自力のような気がしてならない。柳はわたしに助けられたの云々と言っていたけれど、わたしは信じていない。
わたしは一緒に暮らしていただけで、柳に対して何もしていないし、むしろ迷惑をかけたことの方が多い。
柳はうちにいるだけで勝手に元気になった。ゲームでセーブポイントに触れてHPが全快するみたいに。
もしやあいつ、我が家のゲームをしたことで元気になったんじゃあるまいな。ゲームとか殆どしたことないらしかったし。ゲームは素晴らしいからなあ。

なんとなく虚しくなって、仁王が二本目の煙草を燻らせる、そのいやに様になっている光景を、ただ見つめていた。

夜が更けていく。

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