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一度だけ、女性と付き合ったことがある。
部活で忙しい最中の、高校二年のときだった。

彼女はすらっと背の高い才女だった。
精市には二人並ぶとお似合いだね、と言われていた。部内の仲間にも当時は冷やかされ、おめでとうな、などと祝福された覚えがある。
好意を持たれ告白され、彼女だったらいいかと思い付き合った。同じ生徒会委員を務めていたこともあり、他の女子よりよく知ってもいた。
お互い読書が好きで、会話のテンポが似ていた。笑顔が可愛かった。
彼女のことはきちんと好きだったし、大切にしているつもりでもいた。実際、そうできていたと思っている。
部活で忙しくてもマメに連絡を取り、会いに行った。学生の常識の範囲内ではあったがプレゼントも欠かさなかった。

「ごめんね‥ちょっと、思ってたのとちがったの」

しかし別れは唐突で。そういった予測していなかったため、そのときは自分にしては珍しく動揺もした。
思っていたのとは違った。その意味を今はきちんと理解している。


俺の恋人への愛情は、一般的に考えても少々甘すぎるらしい。


「そういえば蓮二は何でもしてあげたいタイプだったね」
「いきなりなんだ」

大学近くのラーメン店のカウンターテーブルで並んでラーメンをすすっているときに、突然精市はそう言ってのけた。彼のすすった麺から味噌スープの雫が箸置きの方まで飛んでいったので、そのあたりをお絞りで軽く拭く。

「そういうところだよ。細かいところまで気がつくっていうか、すごく面倒見がいいっていうかさ。前に俺は苗字さんは蓮二のタイプじゃないって言ったけど」
「あいつの話か。そんなこと言っていたな」

あれは酔いつぶれた苗字を迎えに行った時だった。精市にそう言われて、どう惹かれているのか自分の感情を整理したのだった。
あいつが存外体重が重かったこと、酒臭かったことも鮮明に覚えている。
またどこかで同じように酔いつぶれているんじゃないのか。そしてそのときには、あいつを背負って帰るのは俺じゃない男なのかもしれない。
そう思うと歯痒かった。しかしまだ、俺の準備が終わっていない。彼女を完全に失いたくはない。失敗したくない。もし伝わりきらなかったとしても準備は万全にしておきたい。どんな結果であれ後悔するのは御免だ。
だからそれまで、彼女にはふらふらせずにいて欲しかった。

「前の彼女には構いすぎて世話をしすぎて振られただろう。そういう意味では、ああいう何にもできなさそうなグズっぽい子が実はタイプなのかなと思い直しただけだよ」
「精市は苗字と連絡先も交換していただろう。そのわりに結構辛辣な言いようだな」
「はは、本当のことを言っただけだよ」

にこり、と爽やかにも穏やかに見える笑みを浮かべる友人は言動と表情が相変わらず見合っていない。
想い人を庇って彼女は何もできないこともないと言えばいいのか、精市と同じようにあいつは確かにグズだと同調すればいいのか、どちらも不正解だと判断したので目の前のラーメンを食べ切ることに集中した。今の彼の言動に特に理由が無い可能性は90%以上だ。

「それもそうだけど、本当に最近忙しそうだね」
「ああ、OBに話を聞きに行ったりもしているからな」
「就活の前に蓮二は短期留学とかするものだとばかり思っていたけど」
「それもいいかと思っていたんだが、それには時間が足りないからな」

やりたいことが多すぎる。本当は寝不足気味だった。情報の精査をしたり就活の調査をしているうちに深夜を回っているのだ。通常の課題やゼミのこと、卒論に向けた準備もある。
今後のスケジュールは圧迫気味で、しかしそれも全て自分のせいで致し方ない。

案外俺は貪欲で、やりたいことは完璧にこなしたい。しかしたまにはこうして友人と気兼ねなくラーメンでも食べに行き、息抜きしないとやっていられなかった。テニス部にも一週間近く顔を出していない。いい加減テニスもしたい。

本当は、苗字の部屋に行って、ゆっくり夢十夜でも読んで眠りたかった。
とっくにあいつの毒は回りきっていて、俺の体は作り変えられた後なのだ。

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