その日のランチタイム、バイト先の店に来たのはイケメン二人組だった。
美しい。たまらない。
イケメン二人が並んでいる絵面がすごくオイシイ、と思ってしまうのは腐っている思考回路があるからなんだろう。多分わたしは一生オタクを貫く。
しかしそんなわたしよりギャンギャンうるさく鼻息が荒いのはユカさんに他ならない。ポニーテールを揺らしながら目が若干血走っている。怖い。
「あいつら絶対出来てる。奥の席の方が絶対受けだ。センサーがそう言ってる」
「やべえなお前」
ユカとは学部もバイト先も同じという偶然さもあって親しくなったのだが、こういったときのユカの勢いはヤバイオタクそのもので見ていてびびる。店長も冷や汗を垂らしながら、そんなユカの様子にドン引きしている。
ホールの仕事をきっちりこなしながらなのがまた凄いと言うべきか。鼻息を荒くしながら彼女はちゃんと冷や水の補充やバッシングを欠かさない。ユカさんは出来る女なのだ。怖いけど。
「今あんまり客いないしあの二人を観察できる幸せがすごい。ありがとう感謝。神よ謝謝」
そして仏像のような笑顔で両手のしわとしわを合わせるユカさんである。
「お前は一体誰なんだよ。というかあの人タイプだなーとかっていう考えが全く浮かばないのが凄いよね」
「イケメンは観賞用です」
「はいそうですね」
ユカの隣で頷きながら同じくイケメンを拝む。たしかに奥の席の人の方が可愛らしい表情をしていて受けっぽい。
こんな会話を店員がしていることを知れば彼らはもう来店しなくなることだろう。勝手に騒いでおいてなんだが彼らのことが不憫になる。
「名前はさー、色んな人と寝てるじゃん。見境なく」
「選んでるってば」
「タイプだなって人いないの」
「選んでます」
わたしの反論はスルーか。恨みがましい目で見てもユカは素知らぬふりでイケメンしか視界の中に入れない。しかし仏像ポーズの彼女の目は血走ったままなのでこちらを向かれても怖いかもしれない。
セックスが上手いと思う人にはたまに出会う。やさしく触れてくれて、あたたかくて、そういった人にはまた会いたいと思ったりする。それでも長続きしたことは一度もない。そこに心の触れ合いはなく、興味がないから会話も続かない。結局体だけ。そしてすぐに飽きて、また互いに新しい人を探して、連絡を取らなくなる。
その一連の流れにももう慣れきってしまった。だから余計に一夜限りの相手を詳しく知ろうともしなくなったのだ。
彼らは都合がいいだけで、タイプというのとは違うんだろう。
昔は足の速い男の子が好きだった。やんちゃですばしっこい、クラスの中で5番目くらいに目立つ子だ。
でも、今浮かぶ顔は。
糸目で細くて真面目なあいつだった。
体調が悪い時には薬を買って来てくれて、綺麗なおかゆを作ってくれて、何かと几帳面で、アイロンがけがきれいで、力持ちに見えないくせに軽々とお米の袋を持ってくれる男。口煩くて、質問するとウィキペディアみたいに蘊蓄を話して、部屋の隅で楽しそうに読書する人。夏目漱石が好きで、小さなノートを片手に泣いたあの人。
呆れ返った顔、可笑しそうに少し口角を上げる笑った顔。朝日のさしこむ窓辺、背筋をピンとさせて洗濯物を干した。
わたし、柳が好きだったのか。
いきなり気づいたそれに驚いて、ふいに泣きそうになった。
好きになったら怖い。好きになるなんてダメだ。好かれたくてこっちを見て欲しくて、沼の中で溺れていずれ死んでしまう。
気づいたそれをセーブするように浮かんで来た涙を飛ばした。
その時点で想いはもう手遅れで、そんなこと分かりきっているのに。
ユカさんがわたしのそんな様子に気づいてギョッとした顔をした。
「え、なんで泣いてんの」
「なんでだろ‥」
「メンヘラ情緒不安定極めすぎだろ。そんなにイケメンが尊かったか」
「そうかも‥」
「そういえばテニス部の柳って人が、名前のこと嗅ぎまわってるけど。知り合い?」
それは座席に座っていたイケメンが霞むほどの爆弾だった。
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