閑話
ちょっと人様をあげられる部屋じゃない。

フローリングの床の至る所に散らばる洗濯物は、見境なくすべて洗濯篭の中に突っ込んだ。洗ってあるかどうかなんて、そんなことは知らん。とにかく床が見えることが先決だ。
ほかのものは全てゴミ袋の中へ。ゴミかどうかは後で選別します。多分。忘れなければきっと。
ゴミ袋たちは一旦全てベランダに置いた。
こういうことをしているから、すぐに物をなくすんだということは自分でも自覚している。

何故か水回りだけは清潔に保たないと気が済まないたちなので、洗面台やトイレ、キッチンや風呂場は綺麗なのが幸いだった。
ようやく見られる部屋になった頃、玄関外に放置していた柳は呆然としながら蹲って震えていたので、強引に風呂場に案内する。
柳は一瞬、「何してるんだろうな、俺は」と呟いていたものの、そんなのはわたしが聞きたい。

「ほら、シャワー浴びて、お湯も張っていいから、ちゃんとあったまってから出てきてね!ちゃんとだよ!脱いだ洗濯物はここ置いといて!」

バスタオルも手渡して、風呂場に細い背中を押し込んだ。
なんとか片付いた部屋にはクイックルワイパーを適当にかけて、それでもべたついているところだけ雑巾で拭く。ここに何零したんだろ。記憶にない。
そういえば、と逡巡する。わたしは男物の服を持っていない。ちょっと出るから!とすりガラスの向こうへと一声かけ、一番近いコンビニまで傘をさして走る。ジャージは小さくてもわたしのものを貸せばいい。あれ、なんでわたしこんなに必死なんだろ。
羞恥心などなく、視界に入ってきた無印のトランクスと新しい歯ブラシだけ買った。ブリーフ派だろうがボクサー派だろうがこれを履いてもらう。無いよりかはましだろう。

家に帰ると既に柳が風呂から出てきていた。裸を見られて動揺しているところ申し訳ないのだけど、「早すぎるからもっとちゃんと浴槽つかってきて!あと、着替えこれね!」とわたしは着替えを渡せたことに満足していた。
柳のフニャチンのサイズは平均的だった。カンダチしたら結構大きくなるのかもしれないけど。
一瞬見えたそれをそう判断してしまうのは仕方のないことだ。



「それで、柳さんは一体全体なんでゴミ捨て場にいたの?」

客なので貰い物のちょっと高い紅茶を淹れてみたが、テーブル越しに正座で座る柳は案の定だんまりだ。というか確かに人様の家だけど正座って。もっと崩してもいいのに、真面目なのかそうじゃないのかよく分からないひとだ。

「‥お前は、‥」

柳はわたしのことなど存じ上げないらしい。そりゃそうか。知らない他人の部屋の風呂なんてすぐに出たくもなるよなあ。
嫌がる柳を何度も押し込み直したのわたしですけどね。

「立海の文学部の苗字名前だよ」

身内の人間なんで怖いことないですよ〜とヘラヘラ笑ってみせる。ひたすら紅茶をすすめて飲ませて、とりあえず安心させた。
見知らぬ人間の身分が判明したことで柳の警戒心こそ溶けたものの、柳は口をつぐんだまま、何やら深刻そうな顔をしていた。

こういう顔、見覚えがある。まゆが垂れていて、不安そうで。わたしも多分、たまにこんな顔をしているし、こういう顔の人に何度もあったことがある。そのうちの何人かは一晩ご一緒させてもらった事もあった。

「眠れないの?行くところない?」

瞬間ありありと彼の顔に浮かんだのは驚愕だった。

それでそうなのか、と確信した。

「しばらくうちにいる?」
「………………なにを、いって」
「別にわたしのことなら襲ってもいいし。何してもいいよ、お金取るとかもの取るとか暴力振るう以外だったらね。
まああんまり長期滞在になるようなら家賃は要検討だけど」

これは多分、わたしが高校生の時に、だれかに一番言ってもらいたかった言葉だったから。

逃げ場がほしくて仕方なくて。
ここじゃないどこかに行きたかった。

そんな、甘くて優しいばかりの場所はどこにもなかったけど。

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