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六月になると、鮮やかに紫陽花が咲く。

鎌倉は紫陽花が美しいスポットが多いため、雨の季節であれど六月は好きだった。


写真を撮るというのは特別面白みのあることはしない。
構図を決めるのにも時間がやたら長くかかることや、何度も撮り直さないといい写真が撮れないことも多いため、友達と連れ立って楽しく出来る趣味ではない、と思っている。
前の人生から、シャツ以外の誰かと楽しく写真を撮りにいけた試しがなかった。

一度だけ夏美と一緒に写真を撮りに行ったことがある。近所のショッピングセンターへ買い物のついでだった。
頑なに人間を撮ろうとはしないわりに、色々写真を撮りに出かけているわたしに、ねえどんな風に何の写真撮るの?と彼女が興味を示してくれたからでもあった。
わたしはSONYの軽めの一眼を下げていった。シャツの持っていたものと同シリーズのものだった。

そのときは旧安保小児科医院が撮りたくて、鎌倉駅のロータリーから反対側まで一緒に行ってもらったのだ。
三叉路の角に立つ洒落たその建物は、実際に平成七年まで使用されていたものだ。中の様子は見ることが出来ないものの、外国風のハーフティンバー様式の妻壁は景色に溶け込まず一風変わっていて面白い。大きくしたシルバニアファミリーの家のようだ。どこから撮っても綺麗に見える。
被写体も可愛らしいので楽しんでもらえるかと思ったのだが、リュックから三脚を持ち出したわたしに夏美はつまらなそうな顔をして、建物の周辺をうろうろと一周しただけで携帯をいじっていた。
駅前のマックで、担任のイソガイの悪口を言っていたときのほうが、よほど彼女は楽しそうな顔をしていた。

この世界ではたった1人しか、ともに写真を撮っていないと言われるかもしれない。されど1人だった。それで十分だと思った。




ピントの合わせ方ひとつで、写真の見え方は随分変わる。今回は被写体が花や草が中心なので、接写で面白く撮れるトイカメラを持ってきていた。
F値を小さく、ボケを大きくきかせて写真を撮って、今度はレンズを変えてもう一枚。レンズの着脱には非常に気を遣うのでこれにも時間がかかる。また中腰で構図を決めて一枚。三脚とリモートは持ってきていない。
ぱたぱたと小雨が降っていた。赤い雨傘から雫が一滴また、ぽたりと落ちていく。

毎年明月院では紫陽花の写真を大量に撮影する。特に思い入れがあるわけでもなんでもないのだが、ただ単純に好きだった。明月院の紫陽花は咲き始めから少しずつ花弁の色を濃くしていく。そして六月下旬ごろ、一番濃い青になる。それこそ、北斎の使っていたような深い蒼の色のような。

「おや、奇遇ですね」

階段の下から響く落ち着いた声の主は柳生だった。
彼と外で偶然顔を合わせたのは二回目だ。こんな朝早くから知り合いにあってしまうなんて、珍しい。わざわざ観光客の来ないような明朝の時間帯を選んでここにきたのに、と内心不服に感じないこともない。六月の北鎌倉の混み具合は異常な程で、写真撮影などしている暇はないのである。

先日コンビニですれ違ったことを相手が覚えているかは定かではないのだが、軽く彼に会釈をした。

「こんにちは」
「はい、こんにちは」

今の挨拶は、なにか不自然だったのだろうか。視線を浴びている気がするのだが、会話を続ける必要性をあまり感じず無言でカメラの設定をいじる。画面が暗く感じたためシャッタースピードの調整をすると、柳生はカメラを覗きこんでくる。
ぽたり、とまた傘から雫が落ちた。柳生の黒い傘からも雫が滴っている。

「‥どうか、したの?」
「ああ、前にお見かけしたときも、カメラをお持ちでしたね」
「......よく、覚えてたね」
「ええ、まあ。貴女は写真を撮りに?」
「うん、そう。柳生君は?」
「私は、友人の家がこの近くで、たまたま寄り道です」
「そうなんだ」

ところで、と柳生がひどく言いづらそうに、申し訳なさそうに言った。黙っているのもそれはそれで失礼だと。


「貴女のお名前が、どうしても思い出せないのですが。お名前を教えて頂けますか?」