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ミュージカルのキャッツに、こんな詩がある。

[猫は求めるのだ 唯一のその名を]

とても似ているあなたと、という歌詞にもある通り猫の話でありながら、人間の生き方を模しているようにも見えるミュージカルの言葉はその通りで。

わたしはずっと、名前を呼んでくれる人を探している。

この世界にはわたしの名前を呼ぶ人がいない。
わたしを知っている人がいない。



クラクションがけたたましい。車が排気ガスを出す音。駅改札の音などの電子音も入り混じる。
そんな雑踏の中、どこかに遊びに行くのか、楽しそうにはしゃぐ学生たち。せわしなく走り去るサラリーマン。ガイドブックを抱えて歩く異邦人。
目の前の丸ビルやJPタワーは酷く見慣れたものなのに。東京駅の丸の内方面を見ながら、赤い駅舎の煉瓦を背にそっと諦めの息を零した。

何度もこの東京駅で降りてきた。よく来た営業先のひとつがこの近くにあったからだった。
ここから山手線と東京メトロを乗り継ぎ、降りた葛飾区の駅から徒歩15分の場所にあったはずの勤務先。そこからまた徒歩10分のところにあった、借りていた1Kのアパート。
そっくりそのまま、それらは姿を消していた。

昼食を調達しに駆けたセブンイレブンも、上司に怒られ泣きながら夕飯を食べた古ぼけた喫茶店も、通勤中傘の隙間から見たスカイツリーもそこにあるのに、肝心なところが前の人生と重ならない。
心がぐらぐらと揺れる。最後の希望だった。

ここは、最後の。

諦めろとなんども自分に言い聞かせながら夜の鎌倉を走った。どうにもならないことを考えても、仮定なんて考えたところで無駄なのだと。
振り切るように頭の中を空にした。
どうしてここにいるのか、その理由はこれから作ればいいのだと何度も思った。

それでもわたしは忘れられないのだ。わたしがわたしである限り、わたしであり続ける限り。
家族と囲んだ食卓も、友達のアホみたいな笑った顔も、シャツのしてくれたことも。

思い切って違う人生を歩むことも出来たはずだったところを、前の人生を辿るように絵を描いて、写真を撮っている。
忘れられない。忘れたくない。だってあれは、不器用でも不格好でも、紛れもなく私の人生だったから。忘れたくないと唱えながら、掠れていく記憶を握りしめている。記憶を共有できる人は誰もいないのに。

勇気を出して、しなければ、したいと思ったことさえシャツとの思い出に縋らないとままならない、そんな臆病者のまま。転生なんてしたところで前のわたしとなにも変わらない。そんな人生。

わたしは一体どこにいるのだろう。心も体の置き場もどこにもない気がした。

異様なほど低い体温と常に冷たい指先。何かの拍子にふと誰かに忘れ去られてしまう程度の存在。何のために生まれたのか。わからない。見つけられない。

何処かの偉い人が言っていた。忘れ去られたときに、人は本当の意味で死ぬのだと。

ならば、わたしは?今の人生でも、前の人生でも。
わたしは一体、誰なのか。

「えっと、ごめん、だれだっけ」
昨日まで親しかったはずのクラスメイトはひどく申し訳なさそうに、泣きそうな顔をする。
何度もなんども、そんなことを性懲りも無く繰り返している。


ふと感傷に浸ってしまい泣きそうになりながら、首から下げていたカメラを抱きしめる。


「チッああ....榊監督にここで下ろされてな。迎えに来い」

隣で気だるく、同じように駅舎の煉瓦に背をつけ、電話越しに冷たくそう言った青年。わたしは彼を知っている。
白い肌、茶色の指通りのよさそうな髪。目の下の、なきぼくろ。鋭い目つきから覗く、青い瞳。

跡部景吾がそこにいた。