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前の人生であの漫画を読んでいた時、わたしは誰が一番好きなキャラクターだったかと考えると、きっと跡部だった。
パチンと指を鳴らすだけで注目を集められる、そんなカリスマ性のある人。なにごともそつなくスマートにこなすように見せかけて、その実努力家な人。戦う相手にも全力で、油断をしたりしない人。そしてどこか馬鹿で、抜けている。そんな人。
跡部を見て泣いてしまうなんて思わなかった。
そもそも、立海の人たちですら接触を避けているのに、この人生の中で実物の彼を見ることになるとは思わなかったのだ。1人謎の感傷に浸っていたせいもあるかもしれない。
ぼろぼろと唐突に泣き始めた隣に立つ女に、跡部は薄気味悪そうな顔をしている。そりゃあそうだろうと冷静な自分が心の中で呟く。
接触していなくとも、勝手に彼らのことを大切に思っていた。
この世界に見つけられない唯一の、わたしの過去との繋がりだったから。
彼らのことが眩しくて仕方なかった。この世界の主人公たち。
「‥もしかしてお前、俺のこと見て泣いてんのか」
「‥‥えっと、うん、そう。あの、ね。ファンなんだ、跡部くんの」
はは、と泣きながらも乾いた笑いを浮かべてそう言うと、跡部は胡乱な目つきで見てくる。
「何だ、俺様のことを見て泣くほど嬉しかったのか」
「うん」
「‥‥‥‥‥」
おそらくこんなに表情が変わるのも珍しいだろう、跡部が唖然としていた。
わたしだって、どうして泣いているのかよく分かっていない。うまく説明は出来ない。驚きと動揺でごちゃごちゃだ。
跡部のことは1人のキャラクターとして好きで、しかし自分がこの世界にいることが分かってからも特別会いたいと思っていたわけではなかった。
それなのに、どうして今更こんな。嬉しいのか、悲しいのか、それすらよくわからない。ただ、目の前の跡部はとても輝いて見えた。小さなわたしとは違うのだ。彼らは。
「チッ‥いつまでも泣いてんじゃねえよめんどくせえな」
「う、ん‥ごめんなさい」
瞬間、ばさりと頭上にかけられたのは氷帝学園のジャージだ。間抜けにもぽかんと口を開けてしまう。
白と水色の、見たことはないのに見覚えはあるカラーリング。
「それ、やるよ」
「え、‥‥どうして。駄目だよ貰えない」
「いいから貰っとけ。頂点に立つ男のジャージだぜ?ファンなら垂涎の的だろ。大事に持っとけよ」
「う、うん‥」
どうして優しくされているのか、混乱に陥りながらも素直に頷くと、頭の上をジャージ越しに跡部の手が往復した。
ゆっくりとしたその動きに目を閉じて、ず、と鼻をすする。露骨な子供扱いが無性に恥ずかしかった。
「お前、俺と同い年くらいだろ」
「‥‥うん、そう」
「は、何を悩んでんだか知らねえがあんまり辛気くせえ顔してんじゃねえぞ。
俺様のファン自称すんならこの世の終わりみてえな顔すんのは許されねえ。笑ってな」
「‥‥‥‥‥」
跡部って、色んな意味で凄い人だ、と改めて思い直した。
そう言えば、傲慢で俺様の癖に、ときにひどく優しい人でもあった。こんなにキザな言葉をさらりと吐ける中学生など、彼以外にいないだろう。
テニスバッグを肩に引っ掛けながら、じゃあなと呟いた彼はロータリーに止まった黒塗りの高級車に颯爽と向かっていった。