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今の人生の中で、本音で正直に話すことが出来なくなったのはいつだったか、思い返すと本当に幼いころだ。

何も出来ない自分が歯痒くて、思うように動かない小さな体に苛立ちばかりが募った。
尻の下に敷かれたおむつ。排泄の処理をされるときは悲しみと申し訳なさでいっぱいで、早く成長してくれないかと赤子の手のひらに願い続けた日々。

ようやく立ったり歩いたり、思うように話すことも出来るようになったわたしは、すぐに自分の身の回りのことは自分で出来るようにした。それがまわりにどう思われるかも分からずに。

昔から変わらず両親が不在の我が家には、当時ベビーシッターさんがいた。確か彼女の名前を坂巻さんといった。
坂巻さんはそんなわたしに畏怖の目を向け、ほとんど接しなくなった。必要最低限の、例えばゴミを纏めたり、食材を買い足したり、そんなことだけこなすと、業務予定の時間までおらずに足早に家から立ち去っていく。

そのうち坂巻さんは来なくなった。いつ辞めたのかもわたしは知らない。

坂巻さんのみならず、保育園でも子どもらしさがないわたしを保育士や他の保護者たちは訝しがった。
本当のことなど到底言えずに児童室の部屋の隅ばかりにいた。絵本を開いて動かずじっと、これからの自分の生き方や過去の出来事に思いを馳せた。
思っていることを素直に口にしたら不気味がられ、子供らしくすることの難しさを感じた。

加えて少し子供達、いや友達と仲良くなれたと思えば、みんなわたしのことをすぐに忘れてしまう。

そんなわたしのそばにずっと変わらずいてくれるのは、幼馴染のなっちゃんくらいのものだった。彼女はわたしを幽霊なのではないかと、不気味がりつつ面白がった。だからそばにいてくれたのだ。
わたしはより無口でおとなしい子供になった。
一体いくつになれば、思うことを隠さずに言えるようになるのだろう。もう、よくわからない。わたしの精神年齢は、いくつくらいなのだろう。

今思えば、本音を口に出来たのは夏美以外では石田さんが初めてかもしれない。
わたしは性格が悪くて。それでもシャツみたいになりたくて。
誰かのヒーローになりたかった。誰かを救えるような人でありたかった。わたしがシャツに救われたみたいに、誰かを救いたかった。
そうすることで、生きていいと自分に言える気がした。生きる意味を見つけられる気がしたのだ。そのために彼女を利用しようとした。

「私も、性格悪いよ」

それなのに、石田さんは何故かうれしそうに微笑みながらそう言った。

彼女が、自分のことを嫌われても平気なように、わたしを突き放すような態度や言動を取るのは至極当然のような気がしていた。
去年の彼女へのいじめの内容は養護教諭から少しだけ聞きかじった。
経緯を知れば、彼女から時折吐き出される突き放すような言葉に戸惑いも傷つきもなくなっていた。

クラスの中で孤立した時の気持ちは、痛いほど良くわかるのだ。居場所がない苦しさも。狭い子供の世界は驚くほど逃げ場がない。
そして、新しく出来た友達に突き放されるかもしれないと思うその恐怖も、痛いほど知っている。

「苗字さんは、ちょっと遠い気がしてたの」
「遠い‥?」
「うん‥もっと色々苗字さんのこと話してくれてもいいのに、ちょっとした日常話だけで、あとはいつも私の話を聞いて笑ってるだけだったから、苗字さんが楽しいのか不安だったの。何で私のそばにいるのか分からなくて」

誰かがそばにいるとき、何で一緒にいてくれるのか理由が欲しい気持ちもよくわかって、申し訳なくなった。
笑っているだけで、そばにいるだけで、この境遇の彼女と友達になれるわけなんかなかったのに。彼女だけじゃなく、きっと誰でもそうだ。本音で話して、そこでやっと信頼関係が出来るのに。
もっと上手くやりたいのに、わたしはなにも上手く出来ない。
やっぱりわたしはシャツのようにはなれない。シャツの背中も跡部の背中もまた遠くなった気がして、唇を噛む。

「苗字さんが思ってることを初めて聞けた気がして、うれしい」
「嬉しい‥」

石田さんはわたしよりずっと大人っぽく表情を崩した。

彼女と本当の意味で友達になりたいと心の底から思う。

助けて欲しいのも、居場所が欲しいのも、本当はわたしのほうなのだ。

「友達になろう、石田さん」

彼女にもいつか、忘れられてしまったとしても。