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今日は珍しく漫研ではなく美術室で部活動をしていた夏美と、一緒に帰ることになった。
最近は日も長くなってきたね、と彼女と他愛もない話をしながら校門をくぐろうとしていたときだ。

ガムを噛みながら、制服姿の彼は校門前の太い木にもたれかかり、友人を待っていたらしい。
ダークレッドのラケットのガットにボールを当て、とんとんと器用にそれを上下に跳ねさせていた丸井から、黄色いボールが転がってきた。
わたしの足元まで。

「丸井じゃん」

夏美がボールの主人に気がつき、そんな声をあげる。

「うん」

少し汚れのついたボールを拾い上げ、丸井まで近づいた。
くすんだ赤の髪と、すこし幼い顔立ち。

「.....はい」
「サンキューな」

バツが悪そうに丸井はそう言って、ボールを受け取る。ごつごつとした手に、もう彼は少年ではなくなってしまったのだと思った。大きくなったな、と親戚の人間のような感情を抱く。

「やっほー丸井。元気?クラス離れてるからどうしてるかなって」
「寺内ほどは元気じゃねえな」
「あたしそんな元気タイプじゃないよ」
「そんなことねえだろぃ」

明るく夏美が丸井に話しかける。久々に話すのか盛り上がる2人を尻目に、空気のようにわたしは佇んでひっそりと同調するように笑顔を貼り付けた。

「名前と丸井は?最近話してないの?」
「あん?こいつと話したことねえけど、だれ?」
「丸井ひどすぎ。名前も三小出身だからね」
「うっそマジでごめん」

夏美に叩かれて丸井は痛ぇよ、と悪びれなく笑った。
そして何事もなく、わたしたちは帰路に着いた。
いつも通り、そのまま大した話をするわけでもない。他愛もない話の続き。

でもわたしをずっとちゃんと覚えてくれているのは、幼馴染である彼女だけだ。

それだけですごく、有難かった。


丸井ブン太とは小学校で何度か同じクラスになり、隣の席にもなったことがある。彼の家にも数回は遊びに行っていた。場所はよく覚えている。

一時期流行った色付き消しゴムで文字を消しづらそうにしていた丸井に、MONOの消しゴムを貸したとき、丸井がお前いいやつだなあとからからと笑って言ったこと。
弟たちの面倒を見ながら俺っていい兄貴だろぃ、と鼻高々な顔をしていたこと。
浜に向かう坂の途中で彼が自転車から転げ落ちたこと。いってぇ、と呟きながら泣くのを我慢していたこと。
全部覚えているのはわたしだけだ。
彼に忘れられるのは確か4回目だと思う。同じクラスになることを繰り返すたび、彼の記憶はリセットされるらしい。そしてまた話しかけるたびに、丸井はお前いいやつだよなあと言うのだ。

中学に入学してからジャッカルと話したことはないが、恐らくジャッカルもわたしを忘れていることだろう。
ここの世界に生まれ、わたしが一方的に彼らを知っているからといって、彼らが都合よくわたしを覚えていてくれるわけではない。
他の同級生や知り合いと同じく、わたしのことを忘れてしまう。

去年同じクラスで近くの席だった柳生もわたしの存在は朧げに覚えているくらいだった。生真面目そうな柳生がわたしの名前を覚えていなかったことに、彼自身ショックを受けていたようだった。柳生は何も悪くないのが、ひどく申し訳なかった。
幸村も一度話したことはあれど先日は初対面といった態度で。

そんな彼らを嫌いになれたらきっと楽になる。しかし彼らは漫画と同じように、それ以上にかっこよくて眩しくて、人の目を惹きつける。
どうしたって嫌いになんてなれない。憧れだ。きっと変わらず、ずっと。